「今日は何を食べる」
「二人で牡蠣鍋(かきなべ)を作ろう」
 勇次は今広島郊外にある父親が残してくれた家に一人で住んでいる。父親はあの震災で死に、母親は妹を連れて実家のある東京に帰ったまま広島に戻ってこない。大きな家に一人で住んでいるのだ。
美紀はあの震災で家族全員を失い広島の親類に引き取られたが、居心地はよくない。勇次の家に入り浸っていた。勇次と美紀は二人で一緒に居る時、悲しみを忘れる事ができたのである。
「おれたちは家族の愛をなくした似た者同士なのだ」
 勇次が美紀にこう言うと美紀は黙って頷いた。
「だが、おれたちは負けない」
 こう勇次が言った後、二人の間にしばしの沈黙が漂った。
気を取り直したように勇次がまた口を開いた。
「さあ、広島名物の牡蠣鍋をたっぷり心ゆくまで食べよう」
 二人の楽しいいこいのひと時が始まったのである。