院長先生は開業したばかりで、
穏やかな先生でした。
四年働いて怒られた事は一回もないし、
声を荒げられた姿を見たことない。

私はそれから何十年かして公立病院を勤めて、辞めて何ヶ月かして
医師になられた息子さんが就任されたのです。
あの小さなおぼっちゃまが!と。
よく考えたら、年は5つほどしか離れてなかったんだなあ。
 直接お会いしたかった、一緒に働きたかったです。
  
話を戻します。
 見習いさんながら、白衣を頂き、ナースシューズも頂き、気分はすっかり看護婦さん。
仕事内容はリハビリ介助と、掃除と病棟の患者さんの湿布貼りと洗濯に風呂掃除。
でも割と綺麗なお仕事でした。
 寝たきりでオムツしてる患者さんもいなかった。
腰痛の患者さん、タクシー運転手の
おじさんが多かった。
半年したら、夜勤まで入っていたから、怖いことですよね。
患者さんにとっても、看護師からしても。
18才の女の子が1人真夜中巡回するんだもん。
タクシー運転手のおっちゃんたちは、花札だの
酒盛りだのベット上で
よくしていたなあ。
  挙句に整形だったから、
そのうち、腰椎、頚椎のレントゲンを
当たり前に撮るようになりました。
ボタンもガンガン押していたなあ。
 最終ボタンは医師か、放射線技師の業務です。

その頃婦長さんは52才。めちゃくちゃ意地悪で、
当直のときも、ただ寝てるだけで、
診察終了の片付け
翌日、早朝からの準備。
何にもしない。
もちろん、レントゲン室には一切入りませんよ。
私を待ってる。
あー、従順な私。

  看護学生さんも1人いて、お礼奉公途中の先輩
(学校に行かせていただきながらお給料まで頂いていたので准看の免許を取ったら、1〜5年低賃金でこの病院で働きますという暗黙の了解)、
受付さんなど、若いスタッフが多くて、
色々連れて行ってもらったです。

本当にきつくて休むとか、行きたくないと
いう日がなかった。
自転車で10分通勤だし。
今や、すぐ仕事辞めたくなる。