家長誠一には、大事な家族がいる。
妻の優子と愛犬のシロクマだ。
誠一と優子は5年前、どちらも30歳のときに
近所の公園で知り合った。誠一は、紀州犬の
シロを、優子は白柴のシロを、散歩させていた。
まずは、犬同士が仲良くなり、
誠一と優子も急接近。2人は結婚し、
紀州犬と白柴の間には、ミックス犬が生まれた。
それが、「シロクマ」である、スイーツ好きの
優子が、そう名付けた。
紀州犬のシロと、白柴のシロは、
それぞれの実家に残してきた。
今は、夫婦の愛の証
しともいえる「シロクマ」を、実の子のように
可愛がっている。
シロクマは、誠一と優子のベッドで
川の字になって眠り、
人間のようにいびきをかく、
シロクマの鼻面をくすぐる優子の眼差しに、
深い慈しみが浮かんでいる。
母子が、睦みあっている図のようで
ほほえましい。
夫婦の絆をつなぐシロクマが、誠一は愛しかった。
だが、シロクマが、夫婦の営み中に割り込んできたり、
嫉妬して吠えたりするときは、
さすがに疎ましくなる。
結婚して5年もたつのに、子宝に恵まれないのは、
シロクマに邪魔されているせいかと、
被害妄想にかられる瞬間もある。
もしろん、それにより、シロクマへの
愛が覚めることはないのだが...。
優子も不妊に悩んでいるようだ。
専門医院に通いだして2年経つ。
最近、また妊娠に失敗
したことが判明したらしく、言葉少なに
なって落ち込んでいる。
毎朝の納豆は
もちろんのこと、夜は、山芋のすりおろし、
レバニラ炒め、いわし、牡蠣など、不妊に
効くとされる食品が、ひんぱんに出てくる、
先月は、子宝祈願で、有名な寺へ参って
きたらしい。
だが優子は、誠一にプレッシャーが
かかると思うのか、悩みを口にすることはない。
不妊に効くメニューが多いのは誠一自身が
治療法について検索していて気付いた
ことだし、子宝祈願についても、ゴミ出しに行ったとき、
袋の中に寺のパンフレットと
領有証を見つけて気づいたことである。
今夜のメニューは、
ウナギの柳川丼だ...。
つづく...
備考:この内容は、
2018-4-23
発行:宝島社
著者:奈良美那
「ぞっとする
5分で凍る怖い話」
より紹介しました。