青年と中年男の2人は、ホテルを出て、
話しながら歩いてカジノの前まできた。夕方の7時、
これから乗り込もうというわけだ。
そこの入り口で、青年は足をとめ、ポケットから
旧式の懐中電灯を出した。表面は、文字盤だが、
裏面の中央にはルビーがはめられ、それを
取り囲むように、12宮の星座の印が
刻み込まれている。
青年は、竜頭を回して針を3時間進め、つぎに
6時間戻し、それから3時間進めた。
つまり、もとと同じになった。
動作はまだつづく。
腕時計とくらべ、10分だけ遅らせる。
懐中時計をポケットにしまい、かかとを軸に
左まわりに一回転した。
第三者には、わけのわからないことだが、
彼にとっては、意味のある一連の動作だった。
ジンクスなのだ。手落ちのなかったことを頭のなかで
確かめ、建物のなかに入った。
現金をチップにかえ、ルーレット台の
席についた。中年の男のほうは、
勝負に加わろうとせず、
それを見物する形でそばに立っていた。
ゲームは進行している、青年の賭け方は、
そう派手ではない、少しずつ、慎重にチップを
はってゆく。
しかし、ほとんど勝てない。
10回に1回ぐらいは勝つが、それも、たいした
増え方ではない。チップの置き方を変えてみるが、
ついてないことは同じだった。やがて、
最後の1枚もなくなる、そばの中年男が声をかける。
「だめだな。もうこれぐらいにしよう。
むりをするな」
「そうだな」
立ち上がる青年に、ディーラーが言う。
「お帰りですか?」
「ああ、明日はきっと勝つと思うよ」
「そうですね。お待ちしています」
2人は、カジノの建物の中のバーに寄り、
ビールを飲む。
ほどほどに酔ってホテルへ帰り、
それぞれの部屋へ帰って寝る...。
つづくかも...?
備考:この内容は、
平成6-12-10
発行:新潮社
著者:星新一
「ありふれた手法」
より紹介しました。
文章は原文のままですが、
画像は、テキトーに
貼り付けておきました。
何か、問題があるようなら、
即、削除します。