食べ終わったお弁当箱を助手席に置く。
隣の運転席は、空っぽだったけれど、そこから父さんの
声が聞こえたような気がした。
割り箸を、片付けている
母さんの肩をたたく。
「ね、父さん、絶対そこ、助手席に
誰も乗せなかったよね?
”そこは危ないからダメだ!”
なんて」
「うん、そうだったわ」
「...あんなゆっくりのんびりの
超安全運転で、事故なんか起こさないって...」
「でも、頑固に、ここだけはダメだって」
「変なことばっかり頑固で...」
ひとしきり笑ったあとで、母さんは
空っぽの運転席を見て、穏やかにほほ笑んだ。
何かを話しかけるように
その時、天井で、「ぽこん」と重い音がした!?
見上げると、心なしか、
ルーフがたわんだように言える。
「え、何?」
「...コゲね。この時間になると、
昼寝に来るのよ」
「ああ...」
「コゲ」というのは、わが家の飼い猫だ。
こげ茶色をしているからコゲ。
私はチョコレート色だから「チョコ」がいいとか、
もっとかわいらしい名前にこだわったのだけれど、
わかりやすいのが一番、と父さんが言い張った。
そうそう、この猫も父さんが、この車で
拾ってきたのだった。
秋の連休に、私たちはビートルに乗って
旅行に出かけた。
その帰り道、あと少しで家に着くところまで
戻ってきたときのこと。
すっかり日も暮れて
あたりは真っ暗。
母さんはドアにもたれて
眠っていて、私もあと一歩で眠りに落ちる
ところだった。
突然、父さんが急ブレーキをかけた。
キキキキ~ッ!
私は、父さんのシートに頭をぶつけ、
母さんはシートからずり落ちた、車の動きが止まると
父さんは、ものすごい勢いで外に飛び出していった。
「なに? どうしたの!?」
「お父さん、お父さん!」
私もシートを乗り越えて、ヘッドライトの
中を走る父さんを追って外に出る。
父さんは、ライトが照らしている
茂みの中に顔を突っ込んだ。やがて、ゆっくりと
振り返って、ほっとしたような笑顔をつくると、
大きく手を振った。
「おおい! 大丈夫だったぞぉ」
腰をさする母さんと、頭をさする私は、
思わず顔を見合わせてしまった。父さんは、
胸のところに、まだ小さな子猫を抱えていたのだ。
「...親にはぐれたのかな?
急に飛び出してきたから、驚いちゃったよ~」
子猫のやわらかなはずの毛が、
あちこち縮れたり
ほつれたりしていて、小刻みに震えている...。
備考:この内容は、
2009-9-11
発行:泰文堂
編集:リンダブックス編集部
著者:田中孝博
「99のなみだ・花」
より紹介しました。