拳銃が正確に、私の胸につきつけられ、
私は、もうダメだと、観念した。
だが、そのとたんに目が覚めた。
また、夢だった。
さっきも、これと同じ夢を見たのだった。
夢で良かったというものの、
こんな夢を2回も、続けて見るようでは、いやな
目に遭うのも、そう遠いことではあるまいな。
私は、不吉な予感を払いのけようとして、
ベッドから起き上がり、スタンドの灯りを
つけ、庭に面した窓を開けた。
少し、夜の空気をでも、
深呼吸したらいいかもしれない。
だが、それがいけなかった。その窓から、
不意に何者かが、飛び込んできたのだ。
いつもなら、こんな油断はしないのに、
このときは、あまり突然だったので、身をかわす
暇さえなく、私は床につき倒された。
おそるおそる目を開けてみて、
私は、うんざりして、また目を閉じてしまった。
そこには、異様な男が立っていて、
拳銃を、
私の胸に突きつけていたのだ。
私は、
もはや、これまでと観念した。
そして、
発射音が、鳴るのを待った。
今の夢が、こうも早く実現
するとは、思わなかった。
だが、発射音は、起こらず、
低い声が聞こえてきた...。
「おい、起きろ！」
拳銃が突きつけられていては、逆らう
わけにはいかなかった。
私は、身を起こしながら聞いた。
「Who are You？」
その男は、目から下を布で覆っていた。
彼は、その布をちょっとつまんで見せ、
「これを見れば、わかるだろう？ おれは、強盗だ。
大人しくしていれば、●しはしない」
●しはしないと言う言葉で、私は少し
ほっとしたが、同時に大きな疑問が湧いてきた。
「しかし、ごらんの通り、私のところには、
何もありません。強盗に入るのなら、もっと
大邸宅に入ったら、いいでしょうに。私のところなどは、
小さな庭に、小さな家で、1人暮らし。
しかも借家です。なにかの間違いでは
ありませんか！？」」
「いや、それは、わかっている」
相手の答えに、私は、いささか薄気味悪くなった。
「それで、何がほしいのです？
命を取りに、来たのですか？」
「まあ、そうビクビクするな。おれの
ほしいものは、お前さんの服と、それから時間だ」
「服がお入り用なら、さしあげますから、
どうぞ、手荒なことはしないでください。だが、
もう1つの時間とは、どういうことです？」
「朝まで、ここに、いさせてもらう」
「何でまた、こんな私の家で、休もうと
なさったのです？」
相手は、侵入してきた窓を閉め、その上に
光のもれぬようにカーテンを引き終わり
拳銃を握りながら、説明を始めた。
「聞きたければ、話してやってもいい。おれは
さっき、宝石店に押し入った、お前さんに
言われるまでもなく、ちゃんと収穫の
あるところを訪ねているさ。宿直の店員に拳銃を
つきつけ、金庫を開けさせ、札束を頂いた。」
彼は、そう言いながらポケットをたたいた。
「うまいことを、なさいましたね？」
「ああ、それから店員の頭を拳銃の尻で、
ひっぱたたいて、気を失わせ、引き上げた。
ここまでは順調だったが、これからがいけない。
その頭の打ちどころが、いけなかったのだ！」
「では、●してしまったのですか？」
「その反対だ。まもなく気がついたらしく、
パトカーのサイレンが聞こえてきた。
店員の気がつくのが早すぎた。警察の手配をされると、
具合が悪い。顔は見られて
いないものの、この服は、見られている。
下手に動いては危ないから、おれは、この窓の下で
じっとしていた。すると、お前さんが
窓を開けてくれたのだ」
「なるほど」
「これで、服をいただくわけが、わかっただろう。
さあ、服はどこだ？」
「あそこです」
私は、壁にかけた服を、指さした。
「よし、では、お前さんを、しばらせてもらうぜ」
彼は、私をしばり、猿ぐつわをかませ、
その上、目かくしまでした。
「おれの顔を見ると、お前さんを●さなければ
ならなくなるからな。目かくしをしても
悪く思うなよ。では、しばらくベッドの下に
入っていただくぜ」
しばられ、口もきけず、目もかくされては
嫌も応もない。私は、単なる物品のごとく
ベッドの下に押し込まれてしまった。
役に立つ部分といえば耳ばかり。彼の服を着替える
らしい音がした。
「やあ、体つきも年かっこうも、
似ているせいか、実にぴったり、よく似合う、
お前さんの名は何だ？ そうだ、答えられないんだな。
まあいい。名刺入れがあった。
つまらん名だな...」
彼は、言いたいことを、勝手につぶやいていた。
まったく面白くない。つまらん名前だなどと、
ひどいことを言うヤツだ。だが、
私には、どうにもならなかった。しばられた手足は
痛く、口の中に押し込まれた布は
汚れていて、変な味がした。
「や、大変な忘れ物をするところだった、
札束を、脱いだ服に、入れっぱなしだった。
もう少しで置いてゆくところだったぜ。
さ、あこれでよし。夜があけたら、人通りに混ざって
ゆうゆうと退散してやるぜ」
彼は、楽しそうだった。
しばらくすると、窓の開けられる音がした。
彼が、退散したのかと思ったが、
そうではなく、彼がカギをかけ忘れた窓から、
誰かが飛び込んできたらしかった。
「誰です！？
こんな時間に、人の家に、
勝手に飛び込んできて、失礼じゃ
ありませんか！？」」
と、彼のあわてた声がした。すると、
それに応じて別な
声がした。
「あなたが、この家のご主人ですね？」
「え、そうですとも、何の御用です！？」
強盗は、もしかしたら刑事ではないか
と察したらしく、
あくあまで、私になりすます
つもりらしかった。
「間違いありませんね？」
彼は、何で、念を押されるのか不審らしかったが、
断固として主張していた。
「当たり前ですよ！ あなたは一体誰で、
何の用なんです？」
すると、別の声は、調子を変えた。
「それはよかった。やっと見つけ出した。
おれは、●し屋さ。用は、お前を●すことだ！」
「ま、待ってくれ。何で●されなけらば
ならないんだ！？」
「往生際の悪いやつだ、お前は親分のカネを
持ち逃げしたそうじゃないか。みんなの
見せしめに、●んでもらわんとならんそうだ。
おれは、そのために雇われたのだ。この家に
住んでいると教えられてね」
私は、ベッドの下で、ひやりとしたが、
私になりすました強盗の方が、もっと
驚いたらしい」
「ひ、人違いだ！ おれじゃない！」
「どいつもこいつも、いざとなると、同じような
ことを言うもんだ。だからさっき、
あれほど、念を押したじゃないか。さあ、
じたばたするな！」
続いて一発の銃声が鳴った。
それは消音器つきの小さな音だったので、
やられたのは、強盗のほうだと察せられた。
そして、●し屋の去ってゆく物音。
やれやれ、危ないところだった。私が喜びを
こめて力をこめると、手をしばってあった
ナワも、ゆるみはじめた。
もう少しだ。
ナワが外れたら、強盗の●体を床下にでも埋めて
引っ越すとしよう。●し屋はうまく報告するだろうし、
私もカネが手に入る。それに、
当分は、ぐっすり眠れるというわけだ。夢も見ないで。
悪夢は、続けて、2度見ると良いことがある...。
備考：この内容は、
平静17-9-1
発行：新潮社
著者：星新一
「天国からの道」
より紹介しました。
なお、使用した画像は、映画
インセプション、
シャイニング、
裸の銃を持つ男、
アイ・ロボット
エクソシスト、
ドント・ブリーズ、
犬神家の一族、
危ない刑事、
変な家
でした。
その他、
柳沢慎吾さん、
リラックマ、
ざ・たっちさん、
いらすとや
さんほかより
引用しました。