...映画を作り、演じる者として、
彼女(あん)の尊厳を絶対に守りたかった。
前クールドラマで、老若男女のハートを奪った、
昭和の不良少女の気配をすっかり消して、
キリリとした表情で、河合優実は現れた。
撮影スタジオの外に出ると、緑色の帽子をかぶった
保育園児たちとすれ違った...。
途端に相好をくずして、手を振りながら、
彼らを見送る彼女。
そのやさしい表情に、さまざまな作品で。
河合の微笑みかけるシーンが重なった。
ボウリング場で「PLAN75」の老いた主人公に
「不適切にもほどがある!」の最終回で未来の娘に、
そして、最新作「あんのこと」の主人公・杏が救った。幼な子に。
「杏を守りたい」という気持ちから...。
デビューして5年目ながら、2021年には
キネマ旬報「ベストテン新人女優賞」をはじめ、
ブルーリボン新人賞などを受賞した。
...俳優・河合優実。折り紙付きの演技力で、瞬く間に
映画やドラマ、舞台にと活躍の場を広げ、
輝きを放っている。実際に起きた出来事から
着想を得た映画「あんのこと」では、
”シャブ中で、ウリの常習犯”というハードなキャッチの
ついた、主人公・香川杏を演じた。まずは
杏との出会いから振り返ってもらった。
河合優実> 最初に脚本を読んだ時、私が杏を守ら
なきゃと思いました。理屈ではなく。感覚的に
そう思ったと言うか。杏という役が、私に
とって特別だったのは。モデルになった方が
実在して、その方とは、会うことができなかったこと。
そこが、これまでの、どの役とも違って
いました。その方と、コミュニケーションをとることも、
許しを請うこともできないなかで、
映画を作るのなら、その方の尊厳を絶対に
守らなきゃいけない。そのためには、自分の
持つ全部の力を使って、彼女の人生を想像
するのが、杏に対して私ができる、精いっぱい
のことだと思いました。
普段、映画に取り組むときは、
物語全体を俯瞰するところから
入ることが多いんです。そこから作品のために、
自分の役で何ができるのだろう? と考えて
いくのですが、今回は杏だけに フォーカスし
ました。ピークとなるシーンにたどりつく
ための 計算みたいな考え方も、どんどん薄れて
いきましたね。
...母親(河合青葉)から●待を受けながら、
足が悪く、団地に引きこもる祖母(広岡百里子)と
3人で暮らす21歳の杏は、家計のために
売●を強いられ、やがて覚●剤に溺れる、
救いのない日常に、身を沈めていた。
撮影前から河合は、モデルとなった女性を知る記者や、
●物更生、介護の専門家への取材を重ね、
カメラテストにも参加。これまでの経験や方法論
を手放して、新たなアプローチから
何を掴んだのか?
河合> 最初から、こういう人だとあまり決めて
かからず、日々いろいろなことを吸収して、
その中から、どうにか形になったものが
(役作りの)結果だと思っていました。さまざまな
想像を巡らせるなかで、記者の方が彼女に
ついて、あどけない、小学生くらいの女の子
みたいな印象だったと、おっしゃられて。それが杏の
イメージの出発点だったかもしれません。
虐●を受けてきた人、薬●に依存している人
という属性だけで考えた時。自分の想像
からは、そういう人物像は出て来なかった。でも、
そのおはなしを聞いた時、すごく腑に落ちた。
小学4年から、学校へも行かず、限られた環境で
育って来た杏は、人や社会とのつながりが狭い分、
大人になっても、人に与える印象が子供の
頃のまま、止まっているんだろうなって。
...
脚本も手掛けた入江悠監督とは、杏を
かわいそうな存在と考えるのは やめようと確認し
合ったという。●母との関係は、どのように
捉えたのだろう?
Kawai Yumi> 母親に対して、どいう気持ちで一緒に
生きてきたんだろう? と想像したとき、最初は
憎しみを抱くのでは?と考えました。でのその
辺のことも、記者の方に聞くと、家族に
ついてネガティブなことは、一切言わなかったし、
お母さんのことが好きだったと。多分、
お母さんには、笑顔でいてほしい。怒ったり、
悲しんでほしくなかったんだろうなって。
杏のことを「ママ」と呼ぶ母親のセリフは、共依存の
表れだと思います。”一緒にいないと
生きていけないよね”って。毎日刷り込むような
言葉ですよね。定かではありませんが、
入り江さんがいろいろ考えて、作った設定だったんじゃ
ないかな?
【印象的だった佐藤さんの体温...】
人を憎まず、恨むことを知らない少女は、
ベテラン刑事(佐藤二朗)に補導
されたことをきっかけに、多々羅が主催する
●物更生の自助グループに参加し、グループを
取材する記者の桐野(稲垣吾郎)らと出会い、
自分の人生を見いしていく。ほぼ順撮りで
進んだ撮影のなかで、印象に残っている
多々羅とのシーンを聞いた。
河合優実> 序盤の、高架下のシーンですね。佐藤さんの
体温が印象に残っています。多々羅は結構、
杏の体を触るんです。その後の展開を客観的に
考えると、肯定的にとらえていいのか
わからないけど、多々羅のふれるという行為は、
杏にとっては特別なこと。彼女の人生で、
ああいう風に、触れられたことって、なかった
のかもしれないなって。佐藤さんが演じた多々羅が、
杏にとっての、この映画にとっての、
光になってくれたと感じました...。
備考:この内容は、
令和6-6-20
発行:キネマ旬報社
より紹介しました。
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映画「あんのこと」
「SR サイタマノラッパー」「AI崩壊」の入江悠が監督・脚本を手がけ、
ある少女の人生をつづった2020年6月の新聞記事に着想を得て撮りあげた人間ドラマ。
売●や麻●の常習犯である21歳の香川杏は、ホステスの母親と足の悪い祖母と
3人で暮らしている。子どもの頃から酔った母親に殴られて育った彼女は、
小学4年生から不登校となり、12歳の時に母親の紹介で初めて体を●った。
人情味あふれる刑事・多々羅との出会いをきっかけに更生の道を歩み出した杏は
、多々羅や彼の友人であるジャーナリスト・桐野の助けを借りながら、
新たな仕事や住まいを探し始める。しかし突然のコ■ナ禍によって3人はすれ違い、
それぞれが孤独と不安に直面していく。
「少女は卒業しない」の河合優実が杏役で主演を務め、杏を救おうとする
型破りな刑事・多々羅を佐藤二朗、正義感と友情に揺れるジャーナリスト・
桐野を稲垣吾郎が演じた。
2024年製作/113分/PG12/日本
この内容は、
「映画.com」より
紹介しました。