内田洋一の●体は、パトカーに先導された
救急車で、近くの前田病院に運ばれた。即●である
ことは、警官にも救急隊員にもわかっていたから、
●体を病院に運んだのは、助けるためでは
なく、●因を確認するためにすぎなかった...。 
深夜なので、病院には当直の30代の若い医者と、
看護婦しかいなかったが、医者は、●体を、
見て、警官の話を聞いてから、
「まぁ、頭蓋骨骨折による●亡でしょうね」と、
診断を下し、
念のための解剖の方は、内田の家族が
来てから、その承認を取って行われることになった。 
内田洋一の妻、亜矢子が、ハイヤーで、
油壺の家から前田病院に駆けつけたのは、約1時間後
だった。時間は、すでに10月19日に入っていた。
すらりと背の高い、理知的な美人だった。 
内田と、彼女が結婚したときは、TVや週刊誌でも
にぎやかに報道されたから、警官も、
彼女の顔には、記憶があった...。 
亜矢子は、青ざめた顔で、夫の●体を
確認したが、確認し終わったとたん、ふらふらと
倒れかけ、警官の1人が、あえわてて彼女の身体を支え、
近くにあった椅子に腰掛けさせた。
彼女は最初、夫の●体を確認することに反対した。
見るも無残に変わり果てた夫の●体を見て、
それをさらに解剖するということに
反対するのは、妻としたら当然のことかもしれない。それでも、
警官が、●亡診断書がどうしても必要だからと、
根気よく説得すると、彼女も、やっと
同意してくれた。
解剖のため、病院の副院長がかけつけ、
●体が手術室に運ばれたあと、警官は、
「これは、あくまで、念のためですが...」と、
断ってから、亜矢子に、
「なぜ、ご主人は、あんな時刻に、第3京浜を
飛ばしていらっしゃったんですか？」
ときいた。努めて、何気なく聞いたつもりだったが、
亜矢子は、顔色を変えた。
「なぜ、そんなことまで、答えなきゃ、
いけませんの？ これは、単なる事故なんでしょう？」 
意外に強い反発に、中年の警官は、
いささかあわてて、
「これも、仕事でして...」と、言いかけてから、
何気なく、相手の下腹部に視線をやり、
その辺りがかすかにふくらみを持っているのに、
気がついた。
（妊娠しているのか...？）
と、思ったとたん、警官はそれ以上、
おいかけて質問するに忍びなくなって、口を閉ざして
しまった。 
警官が気まずくなって、煙草に火をつけたとき、
当直の若い医者が、妙に緊張した眼つきで
手術室から出てきた。警官は、ほっとした表情になって、
医者に近づくと、
「解剖のほうは、終わりましたか？」
「いや、副院長が執刀中です。ただ、どうしても、
あなたの耳に入れておきたかった
ことが、できたので...」
と、医者は、亜矢子から離れた廊下の隅に、
警官を連れて行った。
「いったい、なんです？」
「これは、まだ推定の域を出ませんが、
内田洋一さんは、単なる事故●じゃ
ないかもしれません」
「なんですって！？ 先生はさっき、●体を見て、
●因は頭蓋骨骨折だと、言われたじゃ
ありませんか？」 
「あなたの報告で、血まみれの●体を見れば、
他に考えられなかったからです。しかし、解剖
のために、●体を拭き始めたところ、皮膚に、
薬物反応と見られるものが発見されたのです」
「本当ですか？」 
「正確なところは、解剖の結果を見なければ
わかりませんが、まずは、、間違いないでしょう」
「というと、いったい、どういうことに
なるんですか？」
「内田さんが、事故の前に、毒を飲んで
いたとすると、単なる事故●では
なくなるでしょう？」
「確かにそうです」
警官は、うなずくと、病院前にとめてある
パトカーに向かって走った。これがもし事故●でなく、
●人なら、捜査一課の仕事になるからである...。 
つづくかも...
備考：この内容は、
昭和59-5-10
発行：角川書店
著者：西村京太郎
「赤い帆船（クルーザー）」
より紹介しました。
