仕事柄、春だから走り始めるなんて
区切りはないけれど、きっちりと春風を感じながら
走ってみたかった。
そうして、わたしは、借り物の
元祖ナナハンで、房総に
足を向けてみた。
(文:阪本一史)
【元祖ナナハンの小さな旅...】
春を感じられる旅をしたいとき、東京人が
真っ先に思いつく場所が、房総か伊豆だ。
特に房総は、1年を通して温暖な気候の内房、
外房をあわせた長い海沿いを走れ、日本一山が、
少なく平均標高も低い千葉県ながら、
ちょっと内陸に入ると、景色をガラリと
変えて小山と渓谷、田園風景と
様々な景色を堪能できる。
「東京アクアライン」
もう、7年以上前になるが、一度、わたしは休日の
昼間に、近く位のコンビニに出かけるつもりで
気づくと外房の勝浦まで行ってしまった
ことがある。
借り物のCB400SFにまたがり、
すべてにわたって軽い操作性にとっても
感心しながら、ゲップが出るくらい、
たんまり距離を走った。
今回とちょうど同じころ、
春先だったと思う。
どうして房総だったのか?
思い出してると、当時はきっと今より、東京から
ちょっと走れば違う景色が見られる
場所だった、からだと思う。
しかし、ここ数年のうちに東京と
接する千葉は、とみにベッドタウン化が進み、
ウィークエンド渋滞が、チョイ乗り気分の
ワンデイトリップに水を差すようになってきた。
これさえなければ、房総は、首都圏
ライダーにとって、さらに身近で
魅力的な場所になるはずだが、
これは、言っても仕方ない。
コストパフォーマンスの高いところに
人々は住まいを求め、
そのエリアは、数年もしないうちにどんどん
拡大していくものだ。
ともあれ、そんな難点を補うべく、神奈川の
川崎と千葉の木更津を結ぶ海底トンネルの
”東京アクアライン”ができた。
全長15.1kmのうち、
川崎側の海底トンネル部分が、2/3、
木更津側の残り部分が、海上橋となる
そのルートは、'97年12月に開通。
これをくぐって、まず木更津を目指す。
以前に比べて、遥かにべんりに
房総へアプローチできるこのルートは、
実は初体験。海底トンネル部は、有明と
大井を結ぶ東京港トンネルに毛の生えた
程度のもので、
長いけれどすごいとは思わない。
だから、”海ほたる”パーキングにでも
立ち寄るしかない。
通行料3,200円は、時間短縮、効率アップ迅速化の
ための対価であり、観光のためのもので
ないことを知る。
会社でも”時短、効率化”と、
日頃から言われる このご時世に、休みの日まで、
わざわざ”時短”を買う気持ちにならない。
無機質なトンネルを進んでいて、
ふとそんな考えが浮かぶ...。
「渓谷にかかる橋」
後半、1/3の海上橋は、ちゃしかに見晴らしはいいが、
風が強くて、あまりよそ見をしている余裕はない。
そうこうするうちに、最世のインター木更津カナダに着く。
「千倉町。色鮮やかな農地栽培の花々に、
フラリと引き寄せられる」
辺り一面は、田んぼがあったりして、
明らかに東京じゃないのを実感。
「海上橋と、田んぼの組み合わせは、
どうもミスマッチだな?」
と、思いながら、先を急ぐ。
房総ツーリングの始まりだ。
相棒は、氏依頼から借りた
「CB750Fourの K1」。
今から、ちょうど54年前の1970年、
前年デビューの「CB750Four K0」の
発展型として登場したマシンだ。
「ゆったりと走る小湊鉄道」
当時の「K0」では、さほど台数は
出ないだろうとの見込みで、クランクケースは、
砂型鋳造とされたが、予想外の爆発ヒットを記録。
「K-1」は、当初より金型鋳造のクランクケース、
スライドバルブ張り付き防止のために、
強制開閉式のキャブレターを採用。
足つき性向上のために
サイドカバーやシート形状の
見直しといった変更を
受けた「ナナハン」と
いうことになる...。
備考:この内容は、
平成12-5-15
発行:八重洲出版
「MOTOR CYCLIST」
より紹介しました。