「好きな食べ物は？」と、
聞かれたら迷わず「カニ」と、答えていた。
親族の集まりで食べに行った
「かに道楽」の
「かにすき鍋」も、
韓国で食べた
「カンジャンケジャン」も、
シンガポールの
「チリクラブ」も、
もれなく大好きだ。
味付けが全く違う
料理なのに、ちゃん濃厚なカニの風味が感じられる...。
「殻を剥く」という一見、わずらわしい工程も、
カニと真剣に向かいあっているようで、私に
とっては、楽しい時間であった。黙々とした作業の
果てに、やっと出会える身は、
最高のご褒美だ。
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「そんなに好きなら明日、北海道に
カニ食べに行く？」
六本木で、行われていたパーティで、そう誘われた。
たわいもない話の流れで、好きな食べ物の話になって、
いつものようにカニへの愛を
語っていた私は、突然の予想外な提案に、
面食らってしまった...。
「明日、カニ食べに行こうよ、1泊か2泊ぐらいで。
北海道に別荘あるんだよね？」
その日、初めて会った人と、挨拶した流れで、
一緒に飲んでいると、そんな展開になっていた。
当時、売れないモデルだった私は、毎日、仕事がなく、
アルバイトばかり。ほとんどフリーターの
ような生活をしていた。しかし、モデルという
聞こえのいい肩書のため、パーティや
交流会に呼ばれることが、稀にあった...。
その日も、業界の偉い人や映画監督、俳優や
モデルの卵が大勢いる会場で、人脈を広げて
何か仕事をもらおうと、同業の友人と参加していた...。
そんな折、「北海道にカニ食べに行こう！」と、
PUFFYの歌ぐらい軽いフットワークで
誘われたのだ。
その言葉は、私だけでなく、友達にも向けられていて、
「男をもう1人誘うから4人でいこう。
安心して、もちろん部屋も別々にするし、
オレもカニ好きだから、誰かと一緒に
食べに行きたいだけだから...」と。
「明日というのは、急ですね～」なんて動揺
しながら、その前の話題で、「毎日暇です。
明日も予定無い～」と、言ってしまっていたので、
「忙しい」という言い訳も使えなくない。
50代ぐらいのおじさんで、周りの人が、かわる
がわる挨拶しに来ていたから、偉い人
なのは間違いないが、いったい何をやっている人なのか？は、
2、3度聞いても、よくわからなかった。
このままいくと、初対面のおじさんと、北海道に
行くハメになるかもしれない。ジリジリと
した危機感が、頭をかすめる...。
子どもじゃないんだから、カニ食べて解散！
とはならないことぐらいは、容易に想像できる。
確かに、北海道のカニは、魅力的だけれど...。
「北海道か～？ 行ったことないな～ 北海道...」
と連呼しながら、頭の中で
その誘いから逃れる方法を探していた。
うろたえる表情を悟ったのか。おじさんは、
「パーティが終わるまでに、考えといてよ。
一緒に行ったら、いいことあるかも...！？」
と、私の耳元で囁いてきた。
吐息がかかり、全身にゾワッとした悪寒が走った。
その後、料理を取りに行くために席を立って、
やっと、友達と2人きりになれた。
そこで、出るのはやはり、北海道おじさんの話題で。
「明日、北海道に行くって本気で言っているのかな？ イヤなんだけど」
「適当に言っているだけだと思ってたけど、
お金持ちの道楽は、理解できないから本気かも...？」
「六本木。いや港区は、恐ろしいね...」
そんな会話をして席に戻ると、北海道おじさんは
いなくなっていて、カウンターの方で、
セクシーなお姉さんと、腕を絡めていた。
六本木の夜なんて、そんなもんだ。
翌朝の5時、「やっぱり外せない打ち合わせが
入ったから北海道リスケでもいい？」
とインスタのDMにメッセージが来た。
あの、おじさんからだった。
インスタのID交換だけは、
していたのだ。
アイコンの画像に映るおじさんの顔を
マジマジ観てみる。浅黒く日焼けした肌に、
多分、セラミックも不自然過ぎる白い歯をしていた。
こんな顔だったんだと、返事を返す
こともなく、私は、そのまま寝てしまった...。
備考：この内容は、
2022-1-26
発行：KADOKAWA
著者：SAORI
「散歩するアンドロイド」
より紹介しました。
（編集後記）
あの～、アンドロイドのお姉さん、
大丈夫かなぁ？
心配です！ 
