【異世界から、生還してみたい...】
私は、ホラー作家なのですが、
その私が、一度でいいから
経験してみたいと、憧がれて
いることがあります。
昔から、怖い話というと、
もののけに化かされたとか、狐や
タヌキにだまされたりして、同じ
ところをぐるぐる回って
しまったり、わけのわからない異世界に
まよいこんだりしまったり、
といったものがありますよね?
こういうときの用心に、旅人は必ず
タバコを持ったという話を
聞いたことがあるのです...。
もののけや、タヌキの仕業で
おかしな世界に迷い込んで
しまったようなときには、火をつけて
タバコを吸うと、元の世界に
戻ってこられる、または目が覚める
というのです...。
ひょっとしたら、タヌキは、動物
だから、火に弱いということも
あるのかもしれません。
タバコが魔除け的な
意味を持っていたらしい
んですね。
だから、昔の火打ち石と、タバコを必ず
持ってでかけた...。
森の中に迷い込んだとか、
どうも妙なところに来たようだと
いうときに、そこで腰を下ろして、
一服すると、なにか気分を変える
というか、何かの流れを
変える効果が、あったんでしょうね?
私は、ホラー作家として、一度で
いいから、異世界に行って
帰ってくるというのを体験して
みたいのです...。
タヌキに化かされたか、なにかで、
これはという
ような状況に陥り、そこでゆっくり
一服して、ハッと気がついやら
元に戻っていた、という
ようなことを....。
また、私は、タバコの香りに
ついては、ちょっとした思い入れが
あるのです。
母方の祖母が、
大変なタバコ好きだったのですが、
祖母の吸っていたタバコの
香りを鮮明に覚えているのです。
いまでも、あの銘柄の香りを
嗅ぐことがあると、私が小学校の
頃に、●くなってしまった
祖母なのに、その途端に、思い出が
蘇ります...。
考えてみると、香りというのは、
以外に記憶に残るものですね。
ものの味や、見た目や
聞いたことというのは、案外忘れる
のですが、香りは、妙に記憶を
呼び覚ますものがあります。
祖母の吸っていたタバコの
ように、40年以上も経っているのに、
その人と、なりを思い出させたり、
インドネシアのタバコの
ように旅の記憶や、そこで
出会った人たちを思い出させたり、
ひょっとしたら、その香りで、
昔の恋人を、思い出してしまったり...。
ホラー作家としてあえて
いうなら、もうここにいない人の
香り、というのもあるかも
しれませんね。
暗闇を歩いていて
ふと、懐かしい香りをかぐ、あ、
この香りは、あの人だ、
え、でも、あの人はもう
●んでしまったはずでは?
というような...。(談)
備考:この内容は、
平成28-8-28
発行:新潮社
「週刊新潮」
著者:作家 岩井志麻子
さんより紹介しました。