夜10時。お掃除ロボが、四角い部屋を、丸く
掃いている。
近頃、癒やしを家電に求める
ようになっていた。
イヌや、ネコを飼おうかと思ったけど、
結局、同居人に選んだのは、ボーナス
はたいて、手に入れた実用的な掃除機だった。
ビール片手に、スーパーで買った大トロ
入りの特上寿司で、プチ贅沢な一人飯を
していると、部屋のインターフォンが鳴る。
宅急便の再配達は明日にしたはずだ。
通話ボタンを押すと、声がした。
「みどりです~。ごめん...
ほんとに、泊めて」
不良妻が、やってきた。心のなかで毒づいた。
ウソから真が、生まれることもある。人妻の
みどりは、デートが、ドタキャンになったとき、
まれに、うちに泊まる。
今日も、彼との
食事の最中に、仕事のトラブルの知らせが入り、
予定が変わった。今更、自分の家に
戻ることも出来ず、うちに来たというわけだ。
扉を開くと、目の前に大トロ入りの
特上寿司が差し出された。
「ねぇ、知ってる? 植物を枯らす女は、男を
枯らすって...」
私のスウェットに着替えたみどりは、
窓の向こうに転がった、ベランダの植木鉢を
見てそう言った。
植物を枯らす女、それは
確かに私の事。いつか休みの日に、気まぐれで
買ったラベンダーは、跡形もなく干からびていた。
別れた男の残骸でも、見るように
みどりは、つぶやいた。
「そろそろ、終わりかな...」
今日の彼女は、今、付き合っている彼と、
男と女の●●を、超えた辺りから、だんだん
冷めて行く自分を感じ、この恋も、そろそろ
潮時であると感じているらしかった。
彼女は、2年前まで、私と、同じ銀行のシステム部
にいた。職場の彼女は、仕事は出来る。
トラブル処理も何のその。
まさに”1課に1人”いると、頼もしい存在だった。
システム・エンジニアとして、
中途採用で入ってきて、
期間限定の契約社員として、働いていた。
特に、美人というわけではない。むしろ、さばさば
として中性的。軽やかにキーボードを
打つ指には、結婚指輪が光り、子どもはいないが、
中の良い夫婦だと聞いていた。
あの、お堅い
職場で済まして仕事をしていた彼女が。
婚外で恋を謳歌しているとは、おそらく誰も
想像しない。
みどり曰く、そもそも1人の男性にすべてを
求めることに無理があるという、夫に
向く人、恋人、友達、お兄さん、お父さん、
イトコにハトコ。皆、違うと...。
そして、彼女には、経験則から編み出した
【遊びの3箇条】なるものがあった...。
【遊びの3箇条】
その①、最初に、すべてを話す。
その②、既婚者は、NG。
その③、社内恋愛はしない。
まずは、その①、”最初にすべてを話す”。
最初に腹を割って、本音を話す。これ、
遊びの礼節。いくらなんでも、知り合って
すぐに、ベッド●●とは、いかない。いいなと思う
男性に出会ったら、何度か食事をしたり
映画を観たり、布石を打つ。このプロセス
こそが、努力の賜物...。
そして、気心が知れた頃に、自分から、
こう切り出す、
「私、承知の通り、結婚しているし、夫は
大切なの。でも、あなたのこと、好きになって
しまったから、一緒に楽しまない...?」
大抵の男性は、最初は冗談だと思って、
笑い飛ばしたとしても、次の瞬間「マジで?」
と、真顔で聞き返す。この方法で、すべて
自分から誘い、自分から別れを告げている。
大事なことは、すべて遊びと割り切る事。
遊びとは、家庭があってこその余白なり。
次にその② ”既婚者はNG”。
既婚者には、手を出すな。遊び相手は
独身男性に限るべし。これ、鉄則。
そんなに当事者同士が、この割り切った
関係を、納得ずくで楽しんでいたとしても、
いつ何時、相手のボンミスで、配偶者(妻)が
起爆剤になるかもしれません。女の勘を
あなどるなかれ...。
急に優しくなった夫に、不信感を持ち、
ついケイタイを除く。メールや、着歴は消されて
いても、変換候補に”会いたい” ”愛してる”
なんて残ったまま。一度、火が付いた妻の
疑念は、とどまるところを知らない。
科学捜査班ばりに
スーツについた髪の毛、残り香を、
分析し、証拠固めに入ります。
最後に、その③ ”社内恋愛はしない”。
仕事に、男と女の関係を、もちこむなかれ。
みどりと、私は、性格も生き方も、まるで
違うが、これは、2人の唯一の共通項と言えた。
付き合っていることは、必ず社内にバレます。
職場には、そういうことにだけ
目ざとい人というのが、必ずいるのです...。
相手が、上司なら、実力で仕事を得ても、
色仕掛けだと決めつけられる。そうじゃなくても、
男女関係のもつれが、飛び火して
仕事に影響が出てごらんなさい。自分で自分の
首を絞め、露頭に迷うことに...。
20代なら若気の至りと、
取り返しも付きましょうが、
30歳過ぎたら、失うものが多すぎる。
40歳過ぎなら、残酷です...。
最初に、この3箇条を聞いた時、
私は、言った。
「まるで、仕事だね?」
あらかじめ、リスクを回避して、契約を交わし、
取引する、タスクをこなすビジネス
マンと、同じではないか?
「そう、私は、遊びのプロなの」
と、みどりは笑う。
私は思う、みどりの背中には、きっと、
チャックが着いていて、開けると中から小さな
オジさんが、出てくるのではないか?
彼女は、私と、同じ年だった。
未だ1人のステディを、
探し続ける結婚難民の私に比べ、彼女は、
2度結婚し、恋人までいる...。
この人生の濃度の違いは、どういうわけか?
「で、茜は、どうなの、そっちの方は?」
「ん...今は、アンテナ低い感じかな...」
アンテナは、伸び悩んで3年、ご無沙汰
ウーマンと化していた。
「前から一度聞いてみたかったんだけど、
茜が、男の人と、付き合う基準って、何なの?」
そう言われてみると、みどりほど明確な
基準を私は、持ち合わせていなかった。
面食いは、学生時代に卒業したし、雰囲気とか、
フィーリングなんていい方は平凡だけど、
ある程度、年齢を重ねると、人の魅力って、いろいろ
あると、思えるようになった。かといって、
年収とか、仕事にこだわりがあるわけではなく、
それに、恋愛ってなんとなく始める
ことは出来るのに、なんとなく終わるって難しい。。。
前の彼氏とは、友だちの紹介で付き合い
だしたけど、すれ違いが多くなって疎遠になって、
会話もないから、てっきり私から
引導を渡してほしいのかと思って...、
「じゃあ、別れようか?」って言ったら、
「俺も、今、それ言おうと思ってた」と。
最後まで、すれ違いで終わった。
その後、スポーツジムで、知り合った
外資系証券マンと、なんとなく意気投合して、
付き合いそうになったけど、一緒に食事した
スペイン料理屋を出て、終電へと歩く
道すがら、
赤ワインみたいな顔の唇が、
近づいてきた時、
なんとなく、それは違うと
思ったら、パスモを挟んでいた...。
基本、今までずっと受け身できた。
けれど、そう、多分、何でもない人が、
何でもなくなる基準があるとしたら、
「...その人と、キスしたいと思うかどうか、かな...?」
つづくかも...
備考:この内容は、
2010-9-7
発行:泰文堂
編集:リンダブックス編集部
著者:立見千香
「100の恋・
社内恋愛」
より紹介しました。