1973~2003「ヤマハTZの30年」...その1 | Q太郎のブログ

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1985 ヤマハ TZ250に試乗!【まさか、鉄フレームのTZを体験 ...

 

 

 

【市販レーサーが育んで来た未来...】

 

 

 

 1973年に、初代TZ250/350が登場して以来、今年で30年。

 

さらに、遡ると、1962年に登場したTD1以来、ヤマハは誰

 

でも購入可能な市販レーサーを、40年にわたり造りつづけて

 

きたことになる。

 

 

 

有名無名、多くのライダーがTZで

 

レースを知り、重要な一時期を過ごした。

 

 

 

 

また、世界を見ても、

 

TZが多くのライダーに活躍の契機を

 

与えてきた。そして、

 

今日のヤマハを築いた重要な

 

要素をも成しているのだ。

 

          (文:辻司)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

RACING MACHINE IMPRESSION】1985 YAMAHA TZ250 OWNED by K ...

 

 

 

【TZが提供してくれた、泥臭く華やかな青春の一幕...】

 

 

 

 ひょんなことから、「ヨシムラ」というレーシングショップの門をたたき、

 

ボクは、1971年から、ホンダのCB72でロードレースを始めた。

 

翌年は、CB250改だった。

 

 

 

 

 しかし、4ストの市販車を改造してレースに

 

勝てる時代が、日本では終わろうとしていた。

 

 

 

1つには、2ストの性能向上。もうひとつは、

 

レギュレーションの変更で、MFJの

 

全日本選手権では禁止されていた、市販レーサー

 

での参加が'71年から可能になった。

 

 

 

その流れを見た「ヨシムラ」は、活路を求めて'73年から

 

アメリカへ出てしまった。。。飛行機ダッシュ アメリカ

 

 

 

 

 チームがなくなったのは、仕方ない、ボクは、

 

人づてに聞いた「滋野モータース」という

 

ショップへ行き、ヤマハの350cc市販レーサーを注文

 

した。 自転車 

 

 

 

 

 '73年はTZがデビューする年だったが、

 

入荷が開幕戦には間に合わないので、空冷の

 

TR-3にした。

 

 

 

「滋野靖穂氏」いわく、「おまえの

 

ウデじゃTZでも、TRでも、同じだ。」

 

 

 

 

ヨシムラのオヤジに、頑固さと口の悪さがまさるとも

 

劣らない、

 

 

 

 

 メーカーに媚びを売らない突っ張り

 

精神も、同格のオヤジだ。それに、車両代金は

 

50万円なのだが、小僧が簡単にローンを組める

 

時代ではなく、もちろん、そんな現金も

 

ないので、信用分割払いにしてもらっていたから、

 

何を言われても、「グ~」の音も出ない。。。

 

 

 

 

 50万円は、大金だった。ガソリンスタンドで、ギター ドラム 音譜

 

早番と遅番の両方をやり、最大限に稼いでも、

 

月に5万円少々、大卒の普通の初任給は、

 

もっと、少なかったと思う...。

 

 

 

 

それだけ、稼いでも、

 

レースシーズン中は、サーキット通いを繰り返す

 

ので、出費が多く、あまり返済できない。

 

 

 

 

 シーズンオフになってから、朝7時~夜9時まで

 

スタンドで働いて、そのまま雀荘で、夜中まで

 

働いて、なんとか丸1年で返済した。。。 桜  晴れ 紅葉 雪だるま

 

 

 

 

 高価ではあったが、それだけの価値は

 

あった。トップクラス「当時のセニア」の選手

 

たちと、基本的には同じ性能のマシンが、誰に

 

でも、手に入る。

 

 

 

マシンの性能とセッティング、

 

あとはテクニックだ。

 

 

 

 莫大な費用を必要と

 

する改造が勝敗のかなりの要素になる4スト

 

とは違う。

 

 

 

 走らせてみれば、今までのように

 

ストレートで簡単に、ブチ抜かれるようなことは

 

ない...。 自転車ハッ 自転車ダッシュ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

GP500を牽引した技術革新とライダーたち - コミュニケーション ...

 

 

 

 ブレーキやコーナリングの性能も、同じ

 

はずである。同じでなかったのは「ボクの性能」

 

ということだ。

 

 

 

 

 今までとは違う本物の

 

レーシングマシンの走りを感じつつ、テクニックを

 

磨くことに集中できた。

 

 

 

 

 それに、新車が届いた時に驚いた、

 

大きな木箱をひとつ、マシンと一緒に手渡されたのだ。

 

 

 

 

 「同梱パーツ」というもので、

 

中には、クランクが1本、シリンダーが1セット。

 

ピストンが2~3セットに、ピストンリングが

 

10セットくらい...。

 

 

 

 

 それらの数の記憶は曖昧だが、

 

その他スプロケット類など、セッティング

 

パーツもたくさんあり、とにかくアマチュアが

 

1年間レースをやるのに、必要なパーツが付属していた

 

のである。これなら、少々高価でも仕方ない

 

と納得した...。

 

 

 

 

 さて、TRだって、チューニングすれば、

 

ある面での性能がアップする。でもそれは、

 

わずかだし、扱いにくくなる面も、必ず出てくる。ガックリ 自転車 ハサミ

 

 

 

重要なのは、正確なメンテナンス。

 

 

 

 最初は、エンジンのオーバーホールはショップに依頼して

 

いたものの、車体まわりは自分で整備し、

 

セッティングするのは、当然のことだ。

 

 

 

 

 仕事を終えて帰宅すると、家にあった崩壊寸前の物置に

 

こもって、作業するのが日常だった...。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TZ250の直後に乗ったYZF-R7が天国だった【ケイファクトリー ...

 

 

 

 特に苦労したのは、フロントブレーキの

 

調整である。両輪2リーディング式ドラム

 

だから、4つのブレーキシューを4個の

 

カムで作動させる。その、4つのシューの全面が、

 

完璧に同時に、ドラム面に当たるようにする。 自転車 ランニング えーん 泣

 

 

 

 

 そこには、特殊な技能はないけれど、ものすごく

 

根気のいる作業なので、夜が明けてしまう

 

こともたびたび。しかし、カウリングを外した

 

マシンと、向き合うのは好きだったが...。

 

 

 

 

 

 

 

 

備考:この内容は、

平成14-9-15

発行:八重洲出版

「MOTOR CICLIST」

より紹介しました。自転車 お父さんラブラブ チョキ