③実用車に恋をした若夫婦
文:植田輝臣
【カブの居る生活】
イヌやネコを飼うと、ちょっとなでただけでは
わからぬ彼らの本当の可愛さが手に取る
ように見えてくるものだ。
さらには、同じ飼うにしても
犬小屋などではなく、部屋の中で生活
をともにして寝顔や、仕事を観察していると、
なおさらかわいさがこみ上げてくるのも
当たり前なことである。
しかし、かわいい動物たちに対するのと似た
そんな感情を、ここに紹介する2人ほど、
力強く「カブ」に抱いている人に、出会ったのは
初めてのことだった。
大阪在住の知人から、”すごくエネルギーのある
若者がいる”と紹介され、
訪れた先は、新婚3年目の幸せな生活を過ごす
N森H幸さん、Y香さん夫婦である。
「カブ」というと、普通の感覚ならソバ屋さん
とか、銀行の人が、乗っているイメージのバイクですよね。
でも、18歳のときに京都で見たあのバイクは、
美しく引きしまった細い車体が、いつもとは違って
見えたんです。
引かれました。20歳に
なって働きはじめたときまで、しっかりと記憶の中に
残っていたんです。
それはまだ、H幸さんがカブに無知なころ
のことだった。京都で見たそのC105が‥55ccの
排気量を持つカブだった事も、カムシャフトが
クランクケースの中にあることも...。
CB50を最初のバイクとし、ただただ小排気量
車特有の回転域に魅せられていたそんな
H幸さんが、再び ”あのときのカブ” と運命的な
再会をしたの場所は、20歳で就職した現在の
強め先であった。
「同じヤツがとめてあったんです」
「所有者が誰なのか、すぐにオジサンたちに
聞いて回りました」
尋ねるたびに、首を横に振られ、
H幸さんの
問いかけに、ようやく笑顔でうなずいて
くれたその持ち主は、イメージしていた
オジサンとは異なる、
1歳年上の先輩だったという。
最初の出会いが、よかったんです。その先輩
はとても親切に、カブのことを教えてくれ
ました。
そして、さらにのめり込んでからは、
カブズラブ(関西地方の熱心なカブマニア
たちで組織されるグループ)
の方々とも出会う
ことができ、その人達からもすごくよくして
もらってるんです。
なんて言うか、”若者の
くせに”というのではなく、”同じカブ好き同士
な人だから、一緒にわかり合おうよ”という
姿勢の、とても親切な人たちなんです。
なんでだか、わからないけど、とにかく僕は、
人に恵まれているんです」。
そうして、カブを知ってからのH幸さんは、
ほぼ同時進行でホンダの神社仏閣モデル(C92)
にも興味をいだいた。
当時はまだ、6畳ひと間まで
ひとり暮らしをしていたY香さんの部屋に
まで、次から次へとC92のフレームやら、部品やらを
持ち込んでいたほどだった。
一般的な女性なら、きっとわけのわからない
実用車のフレームなどを、部屋に持ち込まれよう
ものなら、迷わず発狂していたことに
違いない。
しかし、マイペースで穏健なY香さん
の場合は、発狂どころか、H幸さんのカブへの
入れ込み用に対しても、協力的だったという。
なんとも素敵な話である。
そしてさらにはなんと、
2人の新婚旅行の行き先にまで
かつて、日本の2輪メーカーがこぞって情熱と実力を
試しに渡ったモーターサイクルアイランド、
「マン島」が、候補に上がっていたほどだというから
現代の若者も見捨てたものじゃない。さすがは、
ホンダの国の人である...。
「2人で部屋を借りるときも、階段がスロープ
になっていることや、部屋にカブが置ける
ことが条件だったんです。
でも、なかなか、条件に合う物件が見つからなくて...。
一時はカブだけで6台も所有している時期があったんですが、
台数が増えると、真剣に付き合うことが出来ないことにも
気が付き、今では台数を制限しました。
「ベンリィ CS92」
部屋にカブを上げるときは
フロントタイヤを外して、代用のキャスターを
取り付け、人々が眠りについた深夜に
エレベーターで3Fに運ぶんです。
以前には、住人に出くわし、
気まずい思いをした場面があったりも
したけどね」
H幸さんは、現在毎日の通勤手段に'50年代の
実用車であるベンリィJCを、Y香さんは、
日々の買い物や、図書館、スイミング通いの足として、
ベンリィCS92を、カゴの代わりにリュックを
背負って愛用しているという。
「カブは、プラスチックパーツが多いんで、
下(駐輪場)に置いておくと部品を割られる心配
があるんですよ。その点、ベンリィなら、カブほど、
気を使わなくて済むし、乗っていても
カブの延長のような感じで楽しいんです。
もちろん、カブととっかえひっかえ乗りますけどね。
てへぺろ。
こうして、毎日の、通勤時間も愉しめば、人生を
2倍、楽しめますからね。(ちょっと重たい。
でもワタシもCSは、メッチャ大好き!)。
高い年式のバイクに慣れれば慣れるほど、
バイクの扱いがらんぼうになってしまうとH幸さん
は言う。
普段から、古いバイクを使ってこそ、
自然と自己責任も出てくる、余裕を持って
ブレーキを欠けるクセがついたり、、おt機には
某ヤスリを片手に部屋でブレーキシューに溝を
切ったり擦ることも、また楽しみなのだと。
備考:この内容は、
平成13-5-15
発行:八重洲出版
「MOTOR CICLIST」
より紹介ました。