合宿所や練習環境の悪口をさんざん
書いたが、それでも私は、南海ホークスという
チームに入団して、本当に良かったと
思っている。
南海は埋もれている才能を鍛え、
育てるというノウハウを伝統的にもって
いる球団だった。巨人などとは、そこが違った。
私は、実際に試合を見たことはなかったが、
プロに入るまでは、巨人ファンだった。
なんと言っても、我々の時代は、川上哲治、
青田昇、千葉茂といった名選手を抱え、人気、
実力、伝統とも抜きん出ていたからだ。
しかし、私が巨人の入団テストを受けて、
運に恵まれ合格したとしても、選手と
して大成していたかどうか? 巨人は伝統的に
出来上がった即戦力の選手を、お金で取って
きて、それでチームを作っていくという戦略
である。
現在(2010年)も、毎年FAで、他チームの主力
選手を獲得しているが、昔から、別所毅彦、
金田正一といった大エースを強引に獲得し、
主力に据えていた。
そういうチームに、テストで
入団することが出来たとしても、
首脳陣に顔を覚えられる前に、クビになって
いたことだろう...。
南海と同じ年、巨人も入団テストをしていた。
私が、好きな巨人を避けたのは、前にも
書いたように、1年先に、「藤尾茂」という
超高校級の保守が入団していて、とても
かなわないと判断したからだ。
仮に、藤尾さんがおらず、私が巨人の
テストを受けて首尾よく合格したとしても、
選手としては苦労しただろう...。というのは、
1年後に、県立岐阜高校から「森昌彦」が、
入団してくるからだ。森は
父が経営していた会社が傾き、大学進学を
断念し、球界に身を賭した知性派捕手である。
あの粘りが強く、緻密な男に競り勝って、
レギュラーポジションを取る自信はとてもない。
その点、南海には失礼ながら、脅威に思う
ような捕手の先輩はいなかったし、厳しい
環境ではあっても、下積みの人間の長所を
見出してなんとか、育成していこう、という
発想がチーム全体にもあったから、私の
ような無名のテスト生上がりには、好都合
だったのだ...。
職業の選択、職場の選択というのは、
運命を変える。南海を選んだのは、私にとって
大正解だった。もっとも、そのとき以来、
身に付いた「金をつかわずに2軍の選手を育てる、
チームを強くする」という考え方が抜けず、
それで苦労した部分も少なからず
あるのだが...。
備考:この内容は、
2010-3-2
発行:KKベストセラーズ
著者:野村克也
「野村の”眼”」
より紹介しました。