星新一 「きまぐれロボット」
「これが私の作った、最も優秀なロボットです。
何でも、できます。人間にとって、
コレ以上のロボットは、無いと言えるでしょう...」
と、博士は、得意げな顔をした。
それを聞いて、お金持ちのエヌ氏は言った。
「ぜひ、私に売ってくれ! 実は離れ島に
ある別荘で、しばらくの間
1人で、静かに過ごすつもりだ。そこで使いたい」
「お売りしましょう。お役に立ちますよ」
と、うなずく博士に大金を払い、
エヌ氏は、ロボットを、手に入れることが出来た。
そして、島の別荘へと出かけた。
迎えの船は、1ヶ月後でないと、やってこない。
「これで、ゆっくり休みが楽しめる。
手紙や書類は見なくて済むし、電話は、かかって
こない。まず、ビールでも、飲むとするか?」
こうつぶやくと、ロボットは、すぐに
ビールを持ってきて、グラスについでくれた。
「なるほど、よくできている。ところで、
お腹も、空いてきたぞ」
「はい。かしこまりました」
...と答え、ロボットは、たちまちのうちに、
食事を作って、運んできた。それを口に
入れたエヌ氏は、満足した声で言った。
「これは美味い!さすがは、優秀な
ロボットというだけのことはある」
料理ばかりか、後片付けも、部屋の
掃除も、ピアノの調律さえ、やってくれた。
また、面白い話を、次々と、しゃべってくれる。
まったく、申し分のない召使い
だった。かくして、エヌ氏にとって、
すばらしい毎日が、始まりかけた...。
しかし、2日ほどすると、様子が
少し、おかしくなってきた。ふいに、ロボットが
動かなくなったのだ。大声で命令しても、
頭をたたいてもダメだった。わけを聞いても
答えない。
「やれやれ、故障したらしいぞ」
エヌ氏は、やむを得ず、自分で食事を
作らなければならなかった。だが、しばらく
経つと、ロボットは、また、元のように、
おとなしく働き始める。
「ときには休ませないと、いけないのかな?」
そうでもなさそうだった。
次の日、ロボットは、ガラス拭きの仕事の途中に、
逃げ出したのだ。エヌ氏は、あわてて追いかけたが、
なかなか捕まえられない。
いろいろと
考えたあげく、苦心して落としANAを掘り、
それで、やっと連れ戻す事ができた。
命令してみると、この騒ぎを忘れたかのように、
よく働き出す。
「わけが、わからん」
エヌ氏は、首をかしげたが、ここは離れ島、
博士に、問い合わせることも出来ない。
ロボットは、毎日、なにかしら事件を起こす。
突然、暴れだしたこともあった。腕を
振り回して、追いかけてくる。今度は、
エヌ氏が、逃げなければならない。汗をかき
ながら走り続け、木に登って隠れることで、
なんとか助かった。そのうちに、
ロボットは、収まるのだ...。
「鬼ごっこのつもりだろうか? いや、
どこか、狂っているに違いない。
とんでもないロボットを、買わされてしまった」
こんな具合で。1ヶ月が経った。
迎えに来た船に乗って、
都会に帰ったエヌ氏は、
真っ先に博士を訪ね、文句を言った。
「ひどい目に遭ったぞ、あのロボットは、
毎日のように、故障したり、狂ったりした」
しかし、博士は、落ち着いて答えた。
「それで、いいのです」
「何がいいのもか! さあ、払った代金を
返してくれ!」
「まあ、説明をお聞きください。もちろん、
故障も起こさず、狂いもしないロボットも
作れます。だけど、それと一緒に、1ヶ月も
暮らすと、運動不足で、太りすぎたり、
頭が、すっかりぼやけたりします。それでは、
困るでしょう。ですから、人間にとっては、
この方が、はるかに、いいのです」
「そういうものかな?」
と、エヌ氏は、わかったような、
また、不満そうな顔で、つぶやいた...。
備考:この内容は、
令和3-4-30
発行:(株)KADOKAWA
著者:星新一
「気まぐれトボット」
より紹介しました。