(...もし、あのときと同じように、彼女がいたらどうしよう?
クルマを停めて、声をかけるのは、流石に怖いし、そのまま走り抜けた方がいいかな?
まあ、成り行き次第で、その時になってみてと、いうことかな...?)
と、あれこれ思いめぐらすうちに、ヘッドライトの照らす前方に交差点が
見えてきた。
もう、後戻りはできない。
ハンドルを握る手が、ジットリと汗ばんでいる。
(...いるだろうか?)
グングンと近づいていくんですが、人影は見当たらない。
で、交差点に差し掛かると、人っ子ひとりいなかった。
その瞬間、緊張がほぐれて、
「...ハァ!」
と、1つ、深い息を吐くと、そのまま走り過ぎて、しばらく走って彼女を
降ろした辺りまで、行ってから折り返して、
この日は、帰ることにしたんですね...。
(...幽霊は、もう出ないのかもしれないなぁ?
問題のタクシーは廃車になって、
いずれ、鉄くずにされてしまうだろうし...)
と、思った。
それが、3日もすると、
(もう、一度だけ、行ってみようかな?)
という気になってきて、再びクルマで、掛川方面に向かううちに、日も落ちて、
やがて、前方に交差点が見えてくると...、
(ん?)
人の姿がない!
(...やっぱりダメか)
と、思った。
で、先日と同じように、彼女を降ろした場所まで、行ってみて、
折り返そうとして...、
(あれっ?)
この辺りは、家が1軒もないことに、気づいた...。
(そうだった。あの時...)
明かりのない闇の中へ消えていった、彼女の後ろ姿を思い出して、
クルマを停めて改めて見ると、ずーっと続いていると思った茶畑の向こうは
墓地だった...。
その時、ふっと、
(○くなった女性は、もしや、ここに...?)
と、思ったとたん、背筋の辺りが、ゾクーッとした。
「ううーっ、勘弁してくれよ~!」
と、つぶやくと、急いでその場を離れて、静岡市内へと引き返したんですが、
道路の後にも、先にも、クルマの姿が1台も見えないし、ヘッドライトが照らし
出していく、前方を見つめながら、
(こんなところで、後部座席に女が、乗っていたりしたら、怖いよな...)
と、ふっと思った。
で、
(ああ、ダメだ。そんなことを考えてると、そんな気がしてきちゃう...)
と、あわてて打ち消したものの、
(でも、もし、いたら...)
と、思うと、ゾクゾクしてくる。
と、
(...!?)
背後で、何か動いたような気がした...。
(まさか?)
バックミラーに、目をやると、暗い車内と、リアウィンドウの外の闇が
映っている。
(ああ、気のせいだ。おそらく外の何かが、リアウィンドウに、
一瞬、映ったんだろう...)
と、視線を戻したその時、後ろで何か動いた。
(えっ!?)
と、バックミラーを、見直した、とたん!
(ううっ!?)
喉の奥で、声にならない悲鳴を上げた。
暗い後部座席に、女が、うつむいて座っている...。
肩までの髪の毛に隠れて、顔の半分は、見えないが、着ている服といい、
あの彼女だとわかった...。
(いつ、乗ったんだ? どこから乗ったんだろう? まずいぞ!
相手は、この世の者じゃない!)
ハンドルを握る手が、ブルブルと震えて、額から吹き出した汗が、
顔面を伝って、顎から首へと流れ落ちていく...。
言いようのない恐怖を背後に感じながら、前方の闇を照らして行く
ヘッドライトの明かりの先だけを見ていると、ふっと、あの時のタクシーの
運転手の顔が、脳裏に浮かんだ...。
(そうか、青ざめた無表情な顔で、前方を見つめていたのは、おそらく今の自分と
同じような状況だったんじゃ、ないだろうか?)
と、思った...。
(でも、どうしよう? このまま、気付かぬふりをして、
運転してたら、どうなんだろう? クルマを停めて、逃げ出すにしても、この辺りには、
家もなければ、人もいないし、そうだ、どこか人のいる明るい場所へ出たら、
チャンスをみて、クルマを停めて逃げよう...)
と、思ったら、無意識にアクセルを踏み込んでいた。
クルマが、グングンと、
スピードを上げていく...。
と、隣りから、
「その先で、停めてください!」
と、言う女の声がしたんで、思わず横を見入ると、隣りの座席に彼女がいて、
こっちを向いた。
その瞬間、顔の半分を隠していた髪がなびいて、
現れた顔は、左半分が、グシャッと潰れていた...。
「うわァァァ~~~~」
悲鳴を上げながら、一気にブレーキを踏み込んで、
キィィィ~~~~!
けたたましい音を立てて、クルマが急停止するや いなや、
夢中で車外へ飛び出して、一瞬、振り返って見ると、女の姿はなかった。
そのまま、しばらくして、呆然としていたんですが、やがて、我に返ると、
河本さんは、
闇に包まれた、例の交差点に、
1人、ポツンと立っていたそうです...。
おわり...。
備考:この内容は、
2022-7-21
発行:(株)リイド社
著者:稲川淳二
「のすご~く怖い話・事故物件」
より紹介しました。