泣ける小説「寒い夜のピザ」...その3 | Q太郎のブログ

Q太郎のブログ

パクリもあるけど、多岐にわたって、いい情報もあるので、ぜひ読んでね♥
さかのぼっても読んでみてね♥♥

ピザ店店内 に対する画像結果

 

 

 

 翌日は、ちょうどバイトが休みだったから、

 

僕はホッとしたけれど、今後、どういう風に

 

佐伯さんと接すればいいのか、一日中、頭を悩ませながら、

 

仕事では今まで通りにしよう。そう決めたものの、

 

自分で巻いた種ながら、その次の日にバイトへ

 

行く時は気が重かった...。

 

 

 

 だが、佐伯さんは出勤していなかった。

 

昨日から体調不良で店を休んでいるという。佐伯

 

さんが体調を崩して休むことなど、今までなかった

 

から、中井さんは、かなり心配していた。

 

 

 

「急に寒くなったから、風邪でも引いたのかな?

 

圭ちゃん、帰りにちょっと様子を見て

 

きてくれないかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マンゴープリンお持ち帰り に対する画像結果

 

 

 

 一昨日のことがあったばかりで気まずいから、

 

佐伯さんと会いたくなかった。それでも、

 

すぐ近くの住所を教えられて嫌です。とは言えない。

 

閉店後、中井さんは、店のマンゴープリンを

 

手土産として持たせてくれた...。

 

 

 

 教えられた住所は、意外にも2階建ての小さな

 

学生アパートだった。佐伯さんのような年の人が

 

住むには似つかわしくない。住んでいるのは、

 

男子学生ばかりらしく、アパートの前には

 

バイクや自転車が、乱暴に並んでいた。並んだドアの

 

どこかの部屋からは、大きな笑い声やマージャン

 

をする音まで聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は、外階段を上がり、2階の端のドアの前に

 

立った。ドアには『佐伯満代・孝雄』と

 

書かれた表札が付けられている。家族がいるというのは

 

意外だった。佐伯さんは家族のことは、一切

 

話さないから、てっきり1人暮らしだと思って

 

いたのだ...。

 

 

 

 家族がいるなら、余計なお世話かな? と

 

ちょっと躊躇したものの、せっかく持たせてもらった

 

プリンを無駄にも出来ず、僕は、そっと、

 

ドアをノックした。

 

 

 

「は~い、どなた?」と顔を出した佐伯さんは、

 

思ったよりも元気そうで、

 

「あらあ、来てくれたの? 寒かったでしょう?」と

 

屈託なく僕を、招き入れた。

 

 

 

 「狭いけど、その辺に座ってちょうだい」と言って、

 

ドアの横の、ごく小さい台所に立つ佐伯さんに、

 

「お構いなく...」と小さい声で言った僕は、

 

部屋の壁を見て小さく「あっ」と

 

叫んでしまった...。

 

 

 

 壁いっぱいに、様々な紙が貼られていた。

 

一番目立つのは、見慣れたピザのメニューだ。

 

その1つひとつに、それぞれの特徴や、おすすめ

 

ポイントが書かれたメモが貼られている。

 

 

 

 メニューの横には、

 

配達地域の大きな住宅地図が貼られ、

 

「一方通行、歩道なく歩行者多し」

 

「抜け道だが、夕方渋滞」などと書かれた、

 

メモがはられていた...。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「佐伯さん...これ」 僕が壁を眺めていると、

 

急須と湯呑を持って来た佐伯さんが、

 

照れくさそうに笑った。

 

 

 

「ピザなんて、東京に来るまで食べたことも

 

なかったし、メニューなんて外国語みたいで

 

チンプンカンプン。でもそれじゃ、働けないもんねぇ」

 

 

 

 家に帰るとピザのメニューを、必○で勉強し、

 

慣れない東京で、ピザが冷めないうちに届ける

 

ために、実際に道を歩いて確かめ、それを地図に

 

書き込み覚えていたのだ。これだけの努力を

 

してきたから、佐伯さんは、店でなくてはならない

 

存在になったのだ...。

 

 

 

 

 

 勧められたお茶に、口をつけようとした僕は、

 

部屋の隅に、添えられている小さな折りたたみ

 

テーブルに目を留めた。壁に圧倒されて気づかなかったが、

 

テーブルの上には、小さな白い箱と、

 

学生服を来た笑顔の若者の遺影が、置かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

息子の遺影 に対する画像結果

 

 

 

 僕の視線に気づいた佐伯さんが、優しい口調で

 

言う...。

 

 

 

「孝雄っていうの。私のひとり息子」

 

 

 

 佐伯さんの細めた目と、孝雄さんの目は、

 

そっくりだった。佐伯さんは一口お茶をすすると、

 

静かに話し始めた...。

 

 

 

 

 

 

備考:この内容は、

2010-5-1

印刷・製本:廣済堂

発行:泰文堂

編著:リンダブックス編集部

「99のなみだ・光」

原案:甲木千絵

小説:谷口雅美

『寒い夜のピザ』

より紹介しました。