泣ける小説「寒い夜のピザ」...その2 | Q太郎のブログ

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受験不合格いらすと に対する画像結果

 

 

 しかし、僕は父の望む大学に、ことごとく落ちた。

 

失望する両親のそばにも、格好のうわさ話の的

 

に、なってしまう小さな町にもいたくなくて、受験の

 

練習のつもりで受けた、そこそこの大学に

 

入学することが出来た...。

 

 

 

 志望校へ行けないことよりも、「圭ちゃんは、

 

本当はできる子だもの」

 

「来年はお母さんも、もっと頑張るから、きっと受かるわよ」

 

と、励ます母の言葉が辛かった。

 

 

 

それに、やっと気づいたのだ。

 

僕は、建設会社の社長になんかなりたくない

 

と言うことに...。

 

 

 

 

 

 浪人せず、滑り止めの大学に入学すると言うと、

 

両親は猛反対したが、僕の心は変わらなかった。

 

何度、話し合っても平行線のままだった。

 

 

 

 決意の固さが伝わったのか、それとも僕に失望し

 

諦めてしまったのかは、わからないが、両親

 

は結局、僕を東京へ送り出してくれた...。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京の大学に通い始めたものの、何になりたい

 

のかも、わからなかった。おまけに両親を失望

 

させてしまったダメな息子だ、という思いを抱えて

 

いるせいか、営業が終わった後のひっそり

 

した店内で、チーズやオリーブがこびりついた調理台を

 

ひたすら磨き、ピカピカにするのは

 

楽しかった...。

 

 

 

 

「ずいぶん、手際がよくなってきたわねぇ」 佐伯さんが、

 

僕の手元を覗き込んで笑う。大きな

 

熊のようなおばさんといると、心が癒やされていく

 

ような気がしていた。

 

 

 

 

 

 学校でも友だちができ、大学生活は平和で楽しく、

 

僕は、学生の多いこの街にすっかり馴染んで

 

いった。

 

 

 

 夏休みに入ると、謙ちゃんは、静岡の実家に帰省して、

 

香奈ちゃんも、旅行や遊びに夢中で、

 

あまりバイトに来なくなった。僕は、店が忙しいのを

 

いいことに、実家へは帰らなった。

 

 

 

「気にしないで、実家に帰っていいよ」と、中井さんも

 

佐伯さんも言ってくれたが、僕は、毎日店に

 

出た。

 

 

 

 ある日、佐伯さんが、配達に出ている時、

 

中井さんに聞いてみた。

 

 

 

「佐伯さんも帰省しないみたいですけど、

 

東京の人なんですかね?」

 

 

 

「あんれ? 長く一緒にいてアクセント、気づかねだか?

 

あの人、青森だよぉ~」と、おどけて

 

佐伯さんの口調を真似した中井さんだったが、

 

ふっと真顔になると、佐伯さんが、初めてこの店に

 

来た日のことを、話してくれた...。

 

 

 

 

 

 

 

マッチ売りの少女 に対する画像結果

 

 

 

 去年の冬・・・初めて雪が降った寒い夜に、

 

佐伯さんは、この店に突然やってきた。今と比べると

 

全く元気がなくて、生気のない顔をしていた。

 

閉店直後で、バイトの人はみんな帰って

 

しまっていて、中井さんが、1人で掃除を始めようと

 

しているときだった。

 

 

 

 佐伯さんは、中井さんに

 

「自分は、ピザというものを食べたことがない。少しで

 

いいから食べさせてくれないか?」

 

と言ったようだった。

 

 

 

 

 ”ようだった”、と言うのはその時、佐伯さんの

 

言葉は本場の津軽弁で、東京育ちの中井さんには、

 

半分も聞き取ることが出来なかったからだ。

 

 

 

 中井さんが焼いたオーソドックスな、マルゲリータの

 

ピザをほう張ると、佐伯さんはズルズルと

 

鼻水をたらして泣き出した。驚く中井さんに

 

何度も何度も「美味しい、美味しい」と言って、

 

たれ続ける鼻水と、長く伸びる熱々のチーズを

 

すすりながら泣き続けた。

 

 

 

 そのころ、中井さんは本部から、この店の店長に

 

移動になったばかりだった。不慣れな接客や

 

店舗運営に疲れて、もう仕事を辞めてしまおうかと

 

考えていた中井さんは、自分の焼いたピザを

 

”美味しい、美味しい” と食べてくれる佐伯さんを見て、 

 

もう少しこの仕事を続けてみる気に

 

なったのだそうだ...。

 

 

 

 佐伯さんにその夜、どんな辛いことがあったのか、

 

中井さんは聞かなかった。佐伯さんも

 

言わなかった。

 

 

 

「今は、あんなに明るく、元気に働いてくれている。

 

僕も、この仕事を続けられている。それで

 

いいと思ってるからね」

 

そう言って、中井さんは笑った...。

 

 

 

 街路樹が、少しずつ色づき始めた。僕は、佐伯さんの

 

おかげで、配達地域の抜け道を、ほとんど

 

マスターしていた。時間が来ると、さっさと帰って

 

しまう謙ちゃんや香奈ちゃんと違い、残って

 

調理場の掃除をし、新しい抜け道を探しだしてくる

 

僕に、佐伯さんは嬉しそうに仕事以外でも、

 

いろいろと世話を焼いてくれた。

 

 

 

1人暮らしで、栄養が

 

偏るだろうからと、野菜の煮物をタッパーに

 

詰めて持ってきてくれたり、試験期間中には、

 

夜食にと、おにぎりを作って来てくれたりも

 

した。佐伯さんの優しさを、断われずに受け取っていた

 

ものの、実際は複雑な気持ちだった...。

 

 

 

 

 

 仕事以外での、こうした親切は、実家の母に

 

あれこれ世話を焼かれていたことを思い出させる。

 

僕は、なんだか、イライラした気分が募り始めていた...。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 調理場で2人きりになると、佐伯さんはよく

 

大学のことを聞きたがった。

 

 

 

「大学では、どんな勉強をしているの?」

 

 

 

「友達とは、どんなところに遊びに行くの?」

 

 

 

「お昼は、大学の中で食べるの?」

 

 

などという他愛のない質問には、

 

僕はそれなりに答えていた。佐伯さんに

 

とっては、今どきの学生事情そのものが、珍しいのかも

 

しれないと思ったからだ。

 

 

 

 しかし、「将来は、何になりたいの?」

 

 

 

「友達と、これからのこととか、夢とか話し合ったり

 

するの?」

 

と言った質問には、僕は口ごもるしかなかった。

 

 

 

 相変わらず、何になりたいか

 

わからなかったし、そもそも明確な目的を持って入った

 

大学ではなかったから、答えられるわけも

 

なかった。友達とも、ただ毎日楽しく過ごすだけで、

 

夢などと言った話が出たこともなかった...。

 

 

 

 そういう質問を受ける度に、受験に失敗し、

 

辛い状況から逃げた自分を思い出した。

 

親の希望に、そわない大学へ行く。学費まで出して

 

もらっている。そのくせ、結局やりたいことも

 

見つけられない、情けなくつまらない存在。それを、

 

改めて思い知らされるのだ...。

 

 

 

 答えられないから余計に気になるのだが、佐伯さんは、

 

しばしば同じ質問をぶつけてくる。

 

僕は、そのたびに佐伯さんに、そして何より、自分自身に

 

対して、さらにイライラを募らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マフラー白とブルーストライプ に対する画像結果

 

 

 

 そんなある日、掃除を終えて帰ろうとしている僕に、

 

佐伯さんは、フワフワした紙包を

 

差し出した。「寒くなってくるから、よかったら、

 

使ってちょうだい」

 

 

 

 

 

 包みを開けると、白とブルーのストライプの

 

マフラーが出てきた。それは明らかに手編みで

 

東京で着てるには、ちょっと大げさ過ぎるぐらい

 

長くずっしりしたマフラーだった。

 

 

 

 佐伯さんは困惑している僕の手から、マフラーを

 

取ると、僕の首に巻いて目を細めた。

 

 

 

「あらぁ、よく似合う。何色がいいか、わからなくてね、

 

迷ったんだけどよかったわぁ。風邪
 

引かないようにして、しっかり勉強して」と嬉しそうに

 

僕の顔を覗き込んだ。

 

 

 

 その笑顔を見た途端、僕の中に突然、

 

もう構わないでほしいという気持ちが溢れ出し、

 

一気に言葉が口をついて出た。

 

 

 

 

「佐伯さん。すみませんけど、僕にいろいろ

 

世話を焼くのは、

 

もうやめてもらえませんか?

 

僕は僕で思った通りに暮らしてますし、これから

 

先も、特に問題なく暮らしていけるだけで

 

いいと思っているので...」

 

 

 

 僕は、マフラーを首から取ると、佐伯さんに

 

つき返した。呆然としている佐伯さんを置いて、

 

僕は、そのまま店を出た...。

 

 

 

 

 

 

 

備考:この内容は、

2010-5-1

発行:廣済堂

編著:リンダブックス編集部

「99のなみだ・光」

原案:甲木千絵

小説:谷口雅美

「寒い夜のピザ」

より紹介しました。