入船亭扇好、春風亭笑好、古今亭朝次(現・桂才賀)の3人が、
結婚披露宴の余興に招かれました。
司会に促され、
舞台へ。さあ、仕事です。
それぞれが、改めて自己紹介すると、客席がざわめきました。
何だろう? と思い、しばらく待って
いると、ざわめきは収まらず、むしろ次第に大きくなり、騒ぎとなりました。
で、1人の客が立ち上がり、言ったのです。
「縁起でもねえ名前だ。お前たち帰れ!」と。
お客は扇好を「線香」、
笑好を「焼香」、
朝次を「弔事」と、
受け取ったのです。
それで、縁起でもねえ名前だと...。出来すぎです。この話。
桂才賀に確認をとったところ、一笑に付されました。
怖いですね。落語家は、実在の人物を使い、こういう話をデッチ上げるん
ですから。そしてまた、それを紹介する落語家がいるんですから...。
亭号が柳家の「とんぼとほたる」という兄弟弟子がいました。
現・柳亭風枝と、現柳家権太楼の両師です。若き日の ”とんぼとほたる” が、
田舎へ招かれた折の話です。主催者が現れ、挨拶をしました。
「私が、この町の町長です」と。そこでとんぼ、
「私がとんぼで、こっちがほたるです」。
芸名を名乗っただけなのですが、町長はバカにするなと激怒。
ちょうちょう、とんぼ、ほたるが揃ったという、ただそれだけの話なのです。
もちろん、この話もマユツバです...。
古今亭志ん朝は晩年、脳溢血の後遺症で、カラダが不自由でした。
それでも、大の銭湯好き、
弟子におぶさって、通うのを常としました。
ある時、弟子が、ヘチマと間違え、タワシで、
背中をこすったそうな。そのときの志ん生のフレーズがいいんですね。
「オレは、お地蔵さんじゃねえよ」って。
いや~、上手いことを言うもんです。
これ、本当の話です。
古今亭志ん生は、晩年、時々トイレに間に合わなかったそうです。
図らずも廊下で粗相してしまうわけで...。弟子も、これには、
ためらいを見せました。すると、志ん生は、言ったそうです。
「おまえね、ウ○コを嫌がるようじゃ、いい百姓にはなれないよ」と。
絶妙の喩え(たとえ)ですね。
志ん生、廊下から庭を見ていたそうな。
すると、上空にジェット戦闘機が現れ急降下。
その時、まるで人に言うように、こう言ったそうです。
「危ないよう、つんのめったらどうすんだい?」。
つんのめるが、効いてますよね。
弟弟子の立川談幸が、前座の頃を綴った『談志狂時代』なる本を上梓しました。
で、その折「これで私も本書く派」と、言ったわけです。
あのこれ、本格派に掛けてあるのですが...。
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桂米助師は、”ヨネスケ” の名も持っています。
落語家とタレントを使い分けてるわけ
ですが、タレントとしての長い仕事に、
『突撃!隣りの晩ごはん』があります。
長寿番組には、やはり長寿番組ならではの秘密があります。先日、その苦労の
一端を知り、納得し、さすがと感じ入りました。
オンエアでは、テンポもよく、順調に見えますが、
苦労が多いそうです。訪ねると留守
だったり、すでに食事が済んでいたり、
あるいは、激しく拒絶されたりで...。
相手の感触が思わしくない時の、秘策があるそうです。
田舎へ行くと、たいがい仏壇があります。
まず、その前に座り、手を合わせるのだとか...。
そうすることによって、受け入れ体制が
整っていくのを背中で感じるそうです。
誠意が通じた、その一瞬を逃さず、
ロケを敢行するんですね。
恐れ入りました...。
備考:この内容は、
2009-8-20
発行:光文社
著者:立川談四楼
「もっと声に出して笑える日本語」
より紹介しました。