山口百恵・小説「出生」...その7 | Q太郎のブログ

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さかのぼっても読んでみてね♥♥

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 20歳の秋、大阪でのステージで、私は愛する人の名を明らかにした。そして、再びあの人の

 

存在が、マスコミによってクローズアップされた。あの人のやり方は巧妙だった。弱者の論理、

 

日本人的な情緒を利用して同情を引くやり方を、私は許せなかった。各雑誌は、異口同音にあの人が

 

悲惨を訴え、その根底には、成功した冷たい娘に対する攻撃が感じられた。私は、母にその記事

 

が掲載されている雑誌は読まないようにと厳命した。しかし、母は娘に隠れて読んでいた。

 

私が責めると、すまなそうに「だって・・・」とだけ言った。

 

 

 

 掲載されていたあの人の写真は、みじめな姿をしていた。車椅子に座り、病気のせいで顔つきも

 

変わっていた。モノクロームの世界の中の、あの人の後ろには、わざとらしく私のパネルが

 

置いてあった。私のサインも飾ってあった。しかし、それを見ても、私には何の感傷もなかった。

 

 

 

それどころか、あの人が言った「三浦友和くんとは結婚しないでしょう。あの子は自分の

 

置かれている立場を知っている子です」という、いかにも父親らしい言葉に、心底腹がたった。あの人の

 

言う ”私がよく知っている私の立場” とは、何なのだろう? あの日、「男と手をつないで歩いた

 

りしたらぶっ○してやる」と叫んだ、濁った動物的な目を思い出し、

 

 

 

「あんたになんかに、私の愛した人のことを言われるのはごめんだ」とさえ思った。病人、貧者、孤独・・・

 

マイナスの要因を、ふりかざして叫ぶあの人は、父親以前に、人間としても卑怯としか思えない。涙ながらに

 

「骨だけは拾ってほしい」と言ったあの人を、私は憎む。

 

 

 

 

 

 

 

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 いつだったか彼に、あの人に関する一切を話したことがあった。

 

 

 

「それじゃ、もし、極端な言い方をすれば、お父さんがなくなったら・・・?」

 

 

 

私は、少しだけ言い淀んだあとで、ためらいをふっきるように言った。

 

 

 

「生きているうちは絶対に会いたくない。多分、お葬式にも出ないと思う。そのうち何年か

 

経って、私も親という立場になって心が静かになったときは、お墓参りくらいはするかも

 

しれないけど・・・」

 

 

 

 

その気持ちに変化はない。

 

 

 

今は、本当に会いたくない・・・。

 

 

 

つい、この間、喫茶店で席を立つ瞬間、テーブルの上のティーカップを見て、私は愕然とした。

 

ティーカップの底に紅茶が、ほんのひとくち、残っていた。これは、あの人の癖だった。

 

 

 

「お父さんは、いつも最後のひと飲みを残すのね。全部飲んでしまえばいいのに・・・」

 

 

 

 なじりながらも、どこか華やいだ母の声が聴こえてくるような気がした。考えてみれば、ここの

 

ところ、たてつづけに数回、私は同じことをし、そのたびに、そのことが気になっていた。些細な

 

ことかもしれない。カップの底に残された一滴の液体が、あの人と私の間を流れる縁の薄い血の

 

ような気がして、私は慌てて視線を逸らせ、勢いよく立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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ふと思う。

 

 

 

 私が、歌手という仕事を選択していなかったら、ごく普通に学校を出て、普通に就職した娘

 

だったら・・・母や、あの人の人生も昔のまま変化しなかったのではないかと。妻という形で世間に

 

認められなくても、母は依然としてあの人を信じ、あの人の看病をしていたかもしれない。雑多な

 

状況は別にしても、それなりに平和な4人家族でいられたかもしれない。

 

 

 

 

 母とあの人を結んでいたはずの赤い糸」、途中で私が紡いだばかりに、絡まり、切れて

 

しまった。私がこの仕事を選ばなかったら、歌手になっていなかったら・・・。母と妹に対してだけは、

 

私の職業が負い目になっている。

 

 

 

・・・階下から、母の笑い声が響いている。

 

私のステージスタッフが、母と飲む酒を楽しみに、月に1回、家に集まっているのだ。

 

母も、そんな気のおけないメンバーと飲むのは楽しいのだろう。夜が更けるのも忘れて談笑している。

 

 

 

 母は、昔から、よく酒を口にした。今は、あんなに楽しそうに笑いながら、酒を飲んでいるが、

 

母の歴史の中には、私には計り知れない無数の酒の味があったに違いない。母の歩んできた人生の

 

中で、誰に知られることもなく、少しずつ変化してきた酒の味を、今、

 

私は知りたいと思う・・・。赤ワイン 白ワイン トロピカルカクテル

 

 

 

 

 

備考:この内容は、

昭和58-12-28

発行(株)集英社

著者:山口百恵

「蒼い時」

より紹介しました。