天使たちは、熱心にサービス競争に続けた。
心配していた原水爆もサービスの進む
につれ、人間たちの、これを使って世界と子孫を
破滅させようとする動きは収まって
いくように見えた。しかし、実際は天使の
突然の出現と、これに続くサービス
合戦に、人々はあっけにとられ、しばらくは
戦争どころの騒ぎではなかったのだ。
だれも、天使のサービスを喜んだ。だが、
これをおもしろく思わない者もあった。
その1人に医者の「タン」がいた。
彼はもともと計画性のある性格だった。
高校の頃から安定
した職業の1つ、医者になろうと志し、
やっと、開業にこぎつけたところだった。
そこに天使の出現だ。重病人は、病院から
いなくなった。時々来るのは、命に別状のない
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患者ばかりだ。
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同業者たちは、天使たちに、掛け合って
保証を取った。天国に行く時には、その社を
利用すると、約束すれば保証がもらえた。
だが、タンは保証を受けなかった。計画性の
ある人間のうちには、人の世話になるのを潔しと
しない性質を持つものが多い。天使の
やつめ、人の一生の計画をめちゃめちゃにしやがった。
なんとか一矢報いて
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やりたい。タンは計画を練った。
だが、天使相手にケンカをしてみてもつまらない。
ひとつ、2社をうまく操って
やりこめてやろう。それにはどうしたら・・・?
新しい宣伝用の器具の考案だ。これが出来上がれば、
1社が争って飛びつくだろう。
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タンは、病院の暇なのを利用し、脳の研究に熱中し、
ついに、1つの器具を完成した。
それは、「夢見機=ユメミキ」
つまり夢を見せる器具だった。![]()
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これは、枕になっていた。
寝る時にこれを用いると夢が見られる。
頭を枕に乗せれば
古い子守唄のようなメロディーが漂い始め、
それに聞き入っているうちに
眠りに落ちる。すると、内部の配線によって
脳波が調節され、朝まで楽しい夢が見られる
のだった。乾電池1個で1年は使える。
「我ながら、うまくできたな」
彼は、これを持って、ガブリエルとミカエルの
サービス社を訪れた。 ![]()
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「これは特許を取ったばかりの品ですが、
ちょっとおもしろいでしょう?」
タンは詳しく説明し、権利を売るとも言わずに
帰っていった。案の定、両社の天使は
慌てた。
「あのユメミキは、そうとうな宣伝効果をあげる。
相手の社に取られたら
一大事だ。急げ!」
天使たちは、タンの家で、はち合わせをした。
だが、羽生結弦るわけにはいかない。
「ぜひ、ガブリエル社にお譲りください」
「ミカエル社は、もっと高く買います」
タンは、にやにや笑い。
「まあ、少し考えさせてください」
と、返事を渋ってみせた。だが、天使たちは、
その日から、泊まり込みのような形に
なり、価格はうなぎのぼりとなった。彼は、
この気分を味わいながら一生、過ごせたら申し分
ないと思った。しかし、結論は伸ばせない。
あまりグズグズすると、あいつは商売が
うますぎると言った嫉妬めいた避難を受ける。
タンは、やはりインチキだったとか、大衆の
評判も考えた。もっとも天使をいいかげんからかって、
大分うっぷんを晴らした
せいもあった。
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さて、どっちに売るかな? 彼は、結論を
下そうとした。だが、毎日の札束攻勢で
いささか金銭についての価値判断が、わからなく
なっていた。なんだか金銭に価値が
ないように思えてきた。そこで、つい、
「金なんかではだめだ。一生、
使える奴隷をよこせ!」
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と、口走った。一瞬、騒いでいた天使たちは
静かになった。天使が人間の奴隷に
なるわけにもいかず、人間の中から雇おうと
しても、あまりなりたがる者は
いないだろう・・・。
「どうだ?」
調子に乗ったタンの声に応じて、
ガブリエル社の天使が言った。![]()
「よろしゅうございます」
タンは、こうあっさり言われるとは思わなかったが、
こう答えられると承知しない
わけにはいかない。話は決まった。![]()
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ガブリエル社は、前々から、密かにロボットの
研究をしていた。天国に来た科学者
たちの魂に頼んで、知恵を借りていたのだった。
学者たちは、生きていたうちのに学んだ
ことを全部天国に運んでくれる。地上では、
残った弟子たちが、その何分の一かを受け継ぎ、
研究を続ける、といった非能率的な状態にあった。
だから天国のほうで先にロボットが、
出来たとしても不思議ではなかった・・・。
ロボットというとぎこちない機械性ピエロと
いった風に考えるが、ガブリエル製のは
素晴らしい美人だった。
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連れてこられたロボットに向かって、タンは言った。
「給料は、やらないよ」
「結構でございます」
「食事もやらないよ」
「結構でございます」
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時々天使が回って動力を補給しにくるのだ。
タンはロボットと知っていささか
気抜けした。それに美人のロボットにこう従順に
出られると面白くなかった。美人は
お高く止まっているのがふさわしいのに、
こう従順では、メロドラマ映画のように
空々しかった。そこで、また口が滑った。
「愛してやらないよ」
「結構で、ございます」
タンは、予想に反して、あまり勝利感を
味わえなかった。だが、一方ガブリエル社の
人気は出た。「夢見機=ユメミキ」を手に入れ、
ロボットの存在を明らかにしたのだから。
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ガブリエル社は、工場を買い取り、
「ユメミキ」 ![]()
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の生産に着手した。天使の出現で生じた
失業者を雇い入れ、生産は次第に軌道に乗った。
価格は安かったが売れ行きが
良かったので採算は採れた。大衆は争って買い、
夢を見た。その夢の何処かには
ガブリエル社の花が現れた。テレビメーカーが
テレビを売りつけ、それを使って
自社の宣伝を見せるのと同じに、
一挙両得の方法だった。
この有様を見て、タンは悔しがった、
腹立ち紛れにロボットをこき使おうとした。![]()
掃除をしろ!食事を作れ!タバコを買ってこい!
だが、命令はすぐに、種切れになった。![]()
現代の人間は、奴隷の使い方を知らないらしかたった。
これに比べて、古代の王様達は、
愚にもつかないことに
大勢の人間をかりたてることがうまかった。
だが、文明の進歩は、
そのような能力を人間から奪っていた。
タンにしても庭に椅子を置いて、
パイプでもくわえ・・・、
「おい!池を掘れ。木をそばに植えろ、よし。
ではそれをもとに戻せ。
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今度は山を作れ。それに滝を作れ。
滝をもう少し右に移してみろ。いや、やはり元の方が
いい。よし。では、全部、平らにして芝を植えろ。
ちょっとゴルフの演習をしたく![]()
なった・・・。」
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といった、具合に、命令し、一日を過ごせばいいのだが、
そんなことを面白がるセンスも
ないし、第1、
それを考えつく能力が無いのだった。
タンは玄関のベルを外し、
ロボットに玄関番をさせた。
ベルを外すぐらいのことを考えつくのが、
精一杯だったのだ。
彼は気が抜けたようになり、一日中「ユメミキ」を
枕にうつらうつらして暮らした。
食事を作れ、といえばロボットは食事を作った。
食事はガブリエル社が提供していた。
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「ユメミキ」の利益からみれば、
それくらいは、たかが知れていた・・・。
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備考:この内容は、
平成17-9-1
発行:新潮社
著者:星新一
「天国からの道」
より紹介しました。



