入学してまもないころ、僕は、トランペットの
演奏に憧れて 吹奏楽部に入った。あれやこれやと
理由を並べて母にせがみ、トランペットを手に入れる
ことが出来た。
初めて手に持った時、(音が出るかな? 吹ける
かな?)と心配だった。マウスピースを差し込み、怖
ごわ吹いてみた。音は全然出なかった。少し吹き続けて
いると、たまに、「ブー、ブー」と音が出た。変な音
だけど、とにかく音が出た。変な音でも出たので
楽しくなってきた。
兄がやると「フー。」と音がする。兄は音らしい
のが出ないので、僕のことを「生意気だ」と言う。
初めて吹いて、こんなに音が出るなんて、やりがいが
あると思った。
その後、部活動での基本練習を、一度も休まずに続けた
結果、ようやく、ましな音が出るようになった。
しかし、いろいろな用事が、次から次へ重なり、
トランペットを、吹く時間が少ないので、また、トランペット
らしい音が出なくなってしまった。せっかく音が出る
ようになったのに、こんなことでは、下手になる
ばかりだ。
家に帰ってから、唇が荒れるほど、猛練習を
した。夜、近くの高等学校のグラウンドで吹いたことも
あった。珍しがって笑っている人もいた。
家では兄が、
「おい!近所の人から苦情が来るぞ」!
と、バカにする。僕は、言い返す。
「吹けもしないのに黙ってろ!」
それで、いつも喧嘩になる。そんな時、思い
切りトランペットを吹くと、胸が、スカッとする。
いい音が出て曲でも吹ければ、もっといい気持ちになると
思う。
いい音を出すには、どうすれば、いいかを考える。
(息の仕方かなぁ?)(口の形かなぁ?)そう思うと、僕の
は、みんな悪いような気がする。
(ようし、これからは、悪いところを直し、いい音を
出すぞ)と、自分に言い聞かせた。でも、いくら自分に
言い聞かせても、うまくいくかどうか心配だ。
ある日、家でトランペットを吹いていた時、母に
呼ばれたので、縁側にトランペットを置いておいたら、
兄が、うっかり足に引っ掛けて、庭に落としてしまった。
その瞬間、僕は、
「何するんだよう~?」
と、叫んだ。トランペットの先が、少しへこんで
しまった。
「KUWAMAN」
「ああ、あ。へこんじゃったじゃないか!」
と兄を責めた。いくら責めてもだめだ。元通りには
直りはしないだろう。でも、兄は、
「そんなところへ 置いておくのが悪いんだ!」
と、ぶつぶつ言いながらも、必○になって直して
くれた。少しは直って目立たなくなった。僕は、トランペットが
蘇ったと思った。涙を流しながら吹いて
みた。別に前と変わらなかった。兄が必○になって
直してくれたからだ。
「ありがとう」
と、1人で口に出た。これからは、もっともっと
トランペットを大切にして、練習にも励み、うまく
なるぞ、と誓った。
それからは、何事もなく過ぎた。曲も吹けるように
なってきたし、いい音も出るようになってきた。音楽
の先生から、
「体育大会までに、ファンファーレやパレード曲を
できるようにしておきなさい」
と言われた。
それからは、トランペットを握り続けた。毎日、少しずつ
覚えた。1日目は、ここまで、次の日はこれだけ、
と計画を立て、完全に
覚えていった。やっと出来る
ようになったので、グラウンドで、お腹に力を入れて、
精一杯吹いてみた。
母に吹いて聞かせてみた。
「うまくなったね」
と、褒めてくれる。兄は、相変わらず、ふざけたこと
ばかり言って、僕を悔しがらせる。父は、
「ほう、いいトランペットだねぇ。無くさないように
しろよ」
と、関係のないことばかり言って、がっかりさせる。
でも、僕とトランペットは、まるで友達のようだ。
つくづく、いいトランペットだなぁ、と思う。本当に
すばらしい楽器だ。どうして、こんないい楽器ができた
のかなぁ? 僕は考える。こんなすばらしいトランペットを
僕が吹けるのは、本当に幸福だと思う。
(体育大会のファンファーレやパレードでは、きっと
うまく吹いてやるぞ!)と、心の中で思う。
「日野皓正」
体育大会の日がやってきた。まず、雨の心配はない。
朝から、トランペットで、頭の中はいっぱいである。
対級リレーや騎馬戦などは、あまり頭の中にはなかった。
トランペットだけは、上手に吹いてやろうと思い続けて
いるうちに、いよいよファンファーレの時が迫って
きた。僕はみんなと一緒に、部屋である音楽室へ
そわそわしながら トランペットを取りに行った。
(ない、ない! 僕のトランペットがない。ファン
ファーレは、もうすぐ始まる。どうしよう? どこにも
ない。あんなに楽しみにしていたのに。どこへ言って
しまったんだ!? 僕は、このロッカーに、きちんと
しまっておいたのに、誰か知らない?)
と、泣きそうな気持ちをこらえて、部員の1人1人に
聞いて回ったが、みんな、自分の楽器の調律に夢中に
なり、僕と一緒に探してくれる友達はいない。僕は、
涙を噛み締めながら机の下、戸棚の裏まで、
探した。
「ニニ・ロッソ」
その時、部長が、
「これ、畔川のトランペットだろう? 大切なトランペットを
自分の額の裏に隠しておきながら、騒ぐとは
どうかしている。」
と、いつになく、厳しい顔でトランペットを渡して
くれた。
僕は、ばつが、悪くなったので、トランペットを
抱いて階段を駆け降り、運動場の方に走った。部長の目が、
背に刺さる思いを、堪えながら走った・・・。
備考:この内容は、
2015年
発行:○▼県教育振興会
編集:○▼小中学校長会
「道徳 明るい人生 2年」
より紹介しました。