戸田> 違いますよ。優しいしね、穏やか
だしね、全然違った。私は、イヤイヤ通訳を
始めたんだから、英語は上手くないんですよ。
でも、映画は好きって感じで、さらけ出して
付き合うの。そうすると、みんなちゃんと返って
きます。仰ぎ見ちゃダメ。「わ~、デ・ニーロ
だ」とか、「うわ~、ハリソン・フォードだ」
とか、本人は、一番嫌がるの、見上げられる
のって。自分は、普通の人間だと思って
いるのにね。だから、私は、素で付き合うの。
すると、向こうもちゃんと、素で返してくれる。
これが、1つの心がけ。スターに限りません。
全ての人に対してそうです。相手によって
自分を変えるって、わたしは一番嫌いだから・・・。
有村> 確かに、デ・ニーロのお話ですと、段々、
コメディ作品に進出していくと、彼のパーソナリティ
が、すごく出てきた気がしますね。
戸田> 彼は、本当に俳優なのよ。もらった役を
いかにも創りあげられる。ご本人は、
「白紙のキャンバス」。彼自身、何もないって
言ったら悪いんだけど、色がないの。『タクシー・
ドライバー』の時は、『タクシー・ドライバー』の
キャラクターになるんですよ。
【80年の『地獄の黙示録』で、一夜にして人気映画字幕翻訳家に・・・】
戸田奈津子さんは、1958年、大学を
卒業し、生命保険会社に就職するが、
およそ1年半で、映画字幕翻訳家を目指す
が、その道は決して、たやすいものではなく、
大きなチャンスが、巡ってくるのは、およそ
20年後の1979年だった。フランシス・
フォード・コッポラ監督の来日時の通訳、ガイドを
努めたことが縁で、撮影現場にも行った、
『地獄の黙示録』の字幕を、監督の推薦により、
担当することになったのだ。
有村> いや、すごいな。しかし、コッポラから
の信頼が絶大ですよね。逆指名で翻訳する
っていうのは?
戸田> あの方は、みんなを助ける人なんです。
ルーカスも、スピルバーグも、彼が最初のチャンス
をあげていますよね。彼の、恩恵を受けた人
は、いっぱいいるわけです。私は、その末席です
からね。私が「恩人」とか言っても「え?」
という顔をしています。
有村> コッポラ監督って、どんな感じの方
なんですか?
戸田> イタリア系だけど、「陽気なイタリア
人」ではないです。非常に物静かで、物を
考える人って感じです。すごく頭がいいし、
知識が豊富ですから、頭の中に、図書館が
あるみたい。あらゆることを知っているの。
『ゴッドファーザー』を観てください。『地獄の
黙示録』もね。ああいいう映画をつくる人
だから、そんじょそこらの脳みそじゃないんで
すよ。非常に感慨深くて、哲学者みたいな
ところもあるし、根っからのアーティストだし、
この世で、知らないことは無いみたいな人です。
洋画界っいて、小さいところだから、私を見れば、
あの子は、字幕をしたがっているって、みんな
知っているのよ。だからといって、すごいお金
を出して、買ってくる映画で、何億かを稼ごう
っていう大変な勝負なのに、新人にやらせる
わけがない。でも、私は、そういう経緯でチャンス
を与えられた。幸いにもね。『地獄の黙示録』
の字幕をやって、一応ね、無言のお墨付きが
出るわけですよ、業界の中で。まぁ、使える
んじゃないかって。それまで、仕事くれなかった
のに。そこからは、一夜にして、雨後の
タケノコのごとく、仕事の依頼が来ましたよ・・・。
有村> 年間、どれくらい、字幕翻訳をされて
いるんですか?
戸田> 1本で使える時間は、1週間~10日
なんですよ。だから、年間50本。
有村> ということは、365日しかないわけ
ですから、6日に1本のペースで、あげていく
ということですか?
戸田> 次々来るから、1つの、作品が
終わって、次の作品じゃないんですよ。各社から
依頼が来るから、同時に3本重なったり、ない時
もあったり。こういう感じで365日が、
回っていくわけですよ。
有村> その頃は、お休みは、あったんですか?
戸田> 20年待って、やりたい仕事ができたのよ。
もう、嬉しくて、嬉しくて。楽しくて休みなんか
いらない、という感じでしたね。
有村> 今でこそ、ビデオで、何度も見返せます
けど、当時は、試写室の話じゃないですか?
戸田> 最初に試写室に行って、一度映画を見て、
セリフを切る作業をして、それっきりですよ、
画面を観るのは。1週間しか時間がないから、
もう1度観る、2時間が惜しいわけです
よ。台本があるので、それを、観れば画面を
思い出すんですよ。そのあと、原稿を出して、
もう1度観てチェックします。最後、照合する
ために映画に字幕が入った状態で、3回目を
観て、終わりです。1週間は、翻訳の時間で、
その後、工場の作業で、1週間使い、トータル
2週間で、出来上がります。
有村> セリフ量にもよると思うんですけど、
翻訳で大変だった作品は何ですか?
戸田> どんな作品も難しいですよ。それ
なりに。意外に思われるかもしれませんが、
出来の悪いB級やC級が難しいですよ。
台本がいい加減だから。出来の悪いシナリオ
って、出ていた人が途中で消えちゃったり
するしね。あの人、どうしたんだろう?みたいな・・・。
話に穴がポコポコ開いているから、内容が
伝わらず、字幕が、下手だって思われちゃうんです。
だからといって、セリフは創作できません
し・・・。内容が難しくても、シナリオがきちん
と書かれているのは、翻訳しやすいですね。
有村> 戸田さんが、今まで担当されてきた
監督さんや、脚本家の中で、このひとの作品は翻訳
しやすいってありますか?
戸田> だって、同じコッポラ監督でも、
「ゴッドファーザー』と
『黙示録』じゃ、ギャングと戦争で、全然、違うじゃない
ですか?セリフも違うし、言っている言葉も
違うし、別物ですから。もしろん、コッポラが
つくっているけど、セリフ自体に、そんなに
共通点はありませんね。
有村> 一番、心に残る戸田さんが、今まで字幕
翻訳された作品の中で、1本挙げるとする
ならば、どれですか?
戸田> 20年間、ウェイティングしていた私にとって、
『地獄の黙示録』は、非常に節目となった
作品ですね。作品そのものの評価って
言ったら、好き嫌いは、もちろん私なりに
ありますけどね。
有村> 字幕って2行で、まとめるのが、
マストですよね?
戸田> だから、情報が半分、時には、ほとんど
1つしか、入れられないって時はありますね。
それでも、観ている人に、わからせなきゃいけ
ないわけです。それが、一番大変です。情報を
削って、でも、読んでわかるようにすることが・・・。
有村> それが、本当にすごい!
戸田> やってみてください。通訳したら3行に
なるものを、「全部で10文字にしろ」って
言われたら、どうでしょう? 大変でしょう?
有村> いや、メチャクチャ大変ですよ。
戸田> それをやんなきゃいけない。
有村> しかも、それが、前後のつじつまが合う
ようにやらないと、おかしくなりますよね?
戸田> つまり、話がめちゃくちゃになるって
ことですよね。そこが、字幕の難しさ、
特殊性ですよね。
有村> そこが、1番すごいと、思っているところです。
できないですよ、そんなの。
戸田> いや、まあ、そこは、職人ですから。
職人というのは、みんなが、できないことを、
訓練してやるわけだから、どんな仕事も同じ、
植木屋さんだって同じですよ・・・。
備考:この内容は、2022-3-19
発行:(株)三栄
「'80映画大解剖」
より、紹介しました・・・。