星新一「退屈」...その1 | Q太郎のブログ

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パクリもあるけど、多岐にわたって、いい情報もあるので、ぜひ読んでね♥
さかのぼっても読んでみてね♥♥

 

 

 

  30代の男性。妻と息子が1人いる。つとめ先の会社は、堅実な経営で倒産の心配など

 

全然ないが、きわめて地味で、彼の仕事も経理の点検と言う派手さのないものだった。

 

 

 

 ある日、会社の帰りに、ひとりでバーに入った。気が向くと10日に1回ぐらい寄る。そう

 

大きくないバーだ。マスターと女の子がひとり。気楽なムードの店だ。

 

 

 

 酒も飲まず、通勤の往復のくりかえしだったら、平凡そのものになってしまう。カウンター

 

の席にかけ、ウイスキーの水割りを作ってもらい、半分ほど飲んでつぶやく。

 

「退屈だなあ」

 

マスターが応じた。

 

「退屈しのぎのお酒。けっこうなことでは、ありませんか? やけ酒だの、失恋の酒なんての

より・・・」

 

 

 

「そうなんだが、しかし、ねぇ・・・」

 

 

 

  ナイトクラブ バーでバーテンダーとして働く若い男 の写真素材・画像素材. Image 28204695.

 

そばの客が、話しかけて来た。

 

 

「退屈とは、仕事が少ないせいですか?」

 

 

 

 そっちをむくと、初老の男がいた。この店では、お客同士が話し合うことも多いのだ。

 

前に

ここで会ったことがあるかどうかは、思い出せない。30代の会社員は言う。

 

 

 

「仕事に慣れてしまったんでしょうね。変化が無いんです。会社づとめですが、営業関係

 

じゃなく、経理ですからね・・・」

 

 

YOUがバーで逆ナンした男の正体に騒然 「ファンだと偽って…」 – Sirabee

 

「重要な部門ですよ。見落としがあったら、大変なことでしょう。神経を使うはずだ。きっと、

 

あなたは人並み以上の頭なんですよ。だから、仕事が単純に思えてしまう」

 

「そんなことは、ありませんよ」

 

「毎日が無事。会社が安定している証明です。ぜいたくな悩みですよ」

 

「ええ、それはわかっているんですが、気分に関することですからね・・・」

 

会社員が呟くように言うと、初老の男はうなずいた。

 

「わかりますよ。世の中には、そういう人が居るのです。いて当然なのです」

 

「そのお言葉から、なにか意味ありげなものを感じますが?」

 

「まあね。私も、あなたとご同様で、それをなんとか解消していましてね」

 

「そんな方法が、あるのですか?」

 

「そうです。しかし、だまって、手に入るものではありません。かなり刺激的な体験です。

 

それなりの決心と、実行の結果によって得られるものですよ」

 

「どんな、たぐいですか?」

 

「非合法とまでは、いかないまでも、犯罪に近いものです」

 

「なんだか魅力的なことのようですね。もっと、くわしく教えていただけませんか?」

 

「では、1週間後に、ここで。それまでに、決心したものかどうか考えておいてください。

 

お話するからには、聞き流されるだけでは困るのです」

 

 

 

初老の男性の写真素材 [FYI00023759] | ストックフォトのamanaimages PLUS

 

と、いうしだい。つぎに会った時、会社員は、初老の男に言った。

 

「この1週間長かったこと。期待が頭の中で、ふくらむ一方でした。決心は、あのときに

 

すぐ、付いていたのです」

 

「熱心ですなぁ」

 

「人は退屈をまぎらすためには、きわめて熱心になるものでしょう。会社以外での遊び

 

となると、別人のように張り切る人がいますものね」

 

 初老の男は、席を店のすみに移し、ポケットからメモ用紙と筆記具を出した。

 

「いま、地図を書きます。ここから歩いて、20分ほどの高級住宅地。そのなかでも、とくに

 

目立つ1軒です。ここです」

 

印がつけられた。それを受け取り、会社員は訊いた。

 

「そこへ行くのですか?」

 

「そうです。大変な金持ちが住んでいる。金銭というものは、ふえはじめ。はずみがつくと、

 

とてつもなく、ふくれあがるものらしい。わたしは、ある事業計画を持ち込んだ。資金の

 

規模は・・・」

 

 

 

 初老の男は、メモ用紙に数字を書いた。都心にビルがひとつ建てられそうなほどの金額。

 

それを見て、会社員はふるえ出した。

 

「だめです。わたしの手には、おえません」

 

「経理の仕事で、大きな数字にな慣れて居るんでしょう?」

 

「それはそれ、現実に狙おうとなると、違ってきますよ・・・」

 

「まあ、終わりまで聞いてください。あとで、資料をお渡ししますが、これは数カ国が関連して

 

いるレジャー産業。しかも、健康に重点をおいた点が特徴です。いかに将来性があるものか、

 

だいぶ吹き込んである。といって、すぐに出資とは、簡単に進展はしません」

 

「そうでしょうね」

 

「金持ちほど用心深い。あらゆる面から調査、検討したから、その調査費については

 

出し惜しみしない」

 

「なるほど、なるほど」

 

「ね。そこであなたは、事業計画の調査の専門家として乗り込むのです」

 

「どう持ちかけたものでしょぅ?」

 

 

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と、首をかしげる会社員に、初老の男は言う。

 

「そう自称したって、信用してはくれません。ある人からの紹介状を作ってあります。

 

その人は入院中で面会謝絶。確かめようがない。とにかく、あなたの誠実さを売り込むこと

です」

 

「なんとか、やれそうな気になってきました」

 

「着手料がもらえます。それで満足してもいいのですが、少し報告書を作って見せるほうが

 

いい。そして、どうも気になる点がある。何人かの学者を同行して現地調査をしたほうが

 

いいと申し出てみる。かなりの金を出してくれるはずです。わたしとの山分けを忘れない

 

でね。あなたの手には、マンション一戸を買える位の金が残るはずです」

 

初老の男に説明され、会社員は言った。

 

「あとのことが気になります。詐欺だと騒がれたりしてね」

 

『本名でやるわけじゃない。金を奪われ、尋問を受けたという、簡単な手紙でも出しますか?

 

集団の秘密組織の妨害らしく思わせる。本来なら自分がそんな目にあうところだったと、

 

あきらめた上に、内心では、ほっとするはずですよ」

 

「うまくいくといいですね」

 

緊張しながら取りかかった。その豪華な家には、金持ちの老人が、婦人と住み込みの運転手

 

とで住んでいた。多忙な生活ではないようだ。金があるので、あくせく働く必要も

 

無いのだろう・・・。

 

 

 

 

 

備考:この内容は、平成6-4-30

発行:(株)新潮社

著者:星新一

「凶夢など30」

より紹介しました・・・。