「わたしの両親は、音を聴くことも話をすることもできません。どんな大きな音であっても、それが人に届くことは決してないのです」。香川県の高校生上原多恵さんは話し始めた。手話で、
同時に口でもことばを添えて。
「両親も、わたしも周りの人達とは違う。特別なんだ。中学の頃からでしょうか、わたしは両親の
ことを友人たちに隠すようになったのです」。「ある日突然、母がこう言いました。お母さんと
お父さん、耳が聞こえなくてごめんね。本当は、きちんと聞こえる人たちが親だったら良かったって
思ったんと違う?お母さんのこと嫌だなあって思ったんと違う?母の目は悲しみで
あふれていました」。
上原さんは自分自身に腹が立った。ずっと大切に守り育ててくれた両親。何事にも一生懸命
で、障害に負けない強さを持った両親。その両親のことを隠し続けていた心の弱い自分が情け
なかった。そのとき以来、上原さんは父母を誇りに、胸を張って生きようと思っている。「みんな
同じ人間なんだ」と。
この前の日曜、東京で高校、大学生の「手話によるスピーチコンテスト」が開かれた。応募
した103人から選ばれた20人の話はどれも心にしみ入った。山口県の大学生、服部恭弥さん
は阪神・淡路大震災のとき、現地に手助けに行った。発生から3習週間、家に閉じこもっていた
夫婦に出会う。耳が聞こえない2人は、服部さんに手話で初めて、周辺の事情を知った。
こうした人達によって、悩みの1つは病院である。自分の症状を医師や看護師に説明するのは
、ひどくむずかしい。それなら自分は手話の出来る医療従事者を目指そう。と心に決める若者
がいる。上原さんもその1人だ。
終日、人間っていいものだ、と思い続けた。13回を数えるコンテストには、ずっとNECの
社員が会場のボランティアとして参加している・・・。
備考:この内容は、1997-4-15 朝日新聞論説
委員室著「天声人語」より紹介しました・・・。