江戸時代、S島には金山があって、全国から流刑者が送り込まれ金の採掘を
していた。という話はあまりにも有名である。
罪人とはいえ、相当な重労働を強いられていたため、耐えきれずに自○する者
や動けなくなって監視の役人にむち打たれる者。あるいは、金をこっそり懐に
忍ばせて、脱走しようとする者など、さながら地獄絵図の」ようだったとか・・・。
金を持って逃げようとしても、まわりを日本海に囲まれた島である。荒波に
むかって泳ぎ出しても対岸にまでたどり着くことは至難の業。ほとんどの罪人は、
役人に捕まってしまい拷問を受けたとか・・・?それとも、もっとつらいとされる、
「うつつ攻め」だったというから、今もそこに残る怨念には相当強いものがあるらしい。
Tさんは、ある年の春、S島の小学校に新任教師として就任した。
島に来た最初の夜、「一人では何かと不便だろう」と、隣に住む
学校の用務員さん夫婦が、彼を招待してくれた。
そのとき、用務員さんは、この地にまつわる話をし始めた・・・。
「この島は知っていると思うが、むかし金山があって、たくさんの罪人が拷問
を受けて○んでいったんだ。それも、ただの拷問じゃなくて、眠らせないという
おそろしい拷問だったらしい。この官舎の建っているあたりは、ちょうどその
眠れないまま精神に異常をきたした罪人を、生きながらにして埋めた場所だったんだよ」
と、いうことであったが,Tさんは、用務員さんが、自分をからかうためのつくり話
くらいにしか考えず、その時は、まったく本気にしなかった・・・。
歓迎の酒で酔っぱらった彼は、用務員さんの話などまったく忘れ、布団に
入るとあっというまに寝入ってしまった・・・。
それから、どれくらいたったのだろうか・・・。
Tさんは、なにかが激しく窓をたたく音で目を覚ました。何事かと思い
起き上がろうとしたが、どういうわけか、からだが動かない。身動きすることも
できず、音のする方向をじっとみつめていた。全身が総毛立っていることはわかる
が、どうやっても起き上がれない。意識だってしっかりしているのにである。
そんな状態がしばらく続いていたあと、突然、どうやっても動くことが
できなかったからだを、何者かが鞭のようなもので叩き出した。あまりの痛さにTさん
は、悲鳴を上げたが、容赦なくたたきつけてくる。
目を開けると、部屋にあった
鏡に、それまで見たこともないような白い服を着た人相の悪い、しかし、なんとも
眠そうな目つきをした男が、ムチを持って立っている姿が映っているではないか。
つぎの瞬間、Tさんは、その男と視線が合ってしまった・・・。
男はニヤリと笑うと、鏡の中に引きずり込もうとする。Tさんは夢中で
もがいたが、鞭で足をしばられズルズルと、鏡に中へ引きずり込まれてしまった・・・。
このまま鏡の中からは外へ出られないのか・・・と考えながら、お経を唱えて
いると、男は急に表情を和らげ、Tさんに小さな金の塊を差し出した。なんだろう?
と、不思議に思った瞬間、彼の体はものすごい勢いで鏡から飛び出し、
布団の上に投げ出されたのである。記憶はここでプッツリと切れてしまった・・・。
翌朝、背中の痛みで目を覚ましたTさんは、その瞬間、昨夜の夢をはっきりと
思い出した。しかし、夢にしては、あまりにも感覚がはっきりとしているし、背中
には、みみず腫れのような蹤がある。そして、手には、小さな石をしっかりと
握っていたのである。
朝食を誘いにきてくれた用務員さんに、昨夜のできごとを話すと、
「それはきっと、金を持って逃げようとして捕まった罪人なんだよ。拷問に
逢ったあげく、○んでしまったんだろうな・・・」
手に握っていたあの石は、そして、みみず腫れのような蹤は・・・Tさんの体験は、
夢ではなかったのだろうか・・・?
備考:この内容は、1993-12-1 (株)青春出版社 夜中の王様クラブ編
「退屈知らずの朝まで読本」より紹介しました・・・。