自動車セールスマンの松本さんは、臨○体験をした一人である。
その日の松本さんは、風邪をこじらせて会社を休んでしまったが、
夜になると熱も下がり、体調もだいぶよくなっているような気がしていた。
いつもの夜と同じように、布団のなかで、カーレースのビデオを診見ながら
眠りに就こうと思ったが、なかなか根付かれない・・・。
「昼間、ずいぶんと長い時間寝てしまったからな」
などと、考えながら何度も寝返りをうち、なんとか眠ろうとしていた・・・。
やがて、レースのビデオも終わってしまい、部屋は真っ暗になった。テレビが
ザーッという音をたてているだけ・・・
そのとき突然、松本さんのからだに悪寒が走ったかと思うと、激しい
嘔吐にみまわれ、さらに全身を倦怠感が襲った。そして、今まで聞いたことも
ないような音が、どこからともなく聞こえてくると、不思議なことにスーッと
からだが楽になり、とてもリラックスした気分になったのだ。
「なんだか、からだから魂がスッと抜けたような気がする・・・」
などと考えていた松本さんが、ふと、気づくと、自分のからだが、ベッドに
横たわって居るのが見えた。どうやら自分自身は、フワフワと天井のあたりをさまよって
いるようだ・・・。
ふわーっと、天井に吸い付けられた感じになり、自分の肉体を眺めている。
彼の魂は肉体を離れてしまったのだ。
もともと、霊感の強かった彼は、自分が幽体離脱しているのがわかった。
「あぁ、おれのからだが見える。もう、○んでしまうんだろうか・・・?」
空中を移動するなんて、なんとなく軽やかだろうというふうに想像してしまうが、
じつは、自分のからだを垂直に保つことが困難なため、非常に不安定な感覚
なのである。彼はお化けの背筋がピンとせずに、ゆらゆらとして頼りに感じで
あるのは、こんな感覚のせいかもしれない。などということをこんな状況にも
かかわらず考え、妙に納得してしまった。
反対のほうを見ると、目の前には川が流れていて、美しい女性が対岸で手招き
をしている。からだは自然と、そちらのほうに引き寄せられていく感じがする。
もう自分のからだには帰りたくない。
そのとき、電話のベルが鳴った。窓の外は、すっかり夜が開けている。
留守番電話が作動し、女性の声が聞こえてきた・・・。
「松本さん、大丈夫ですか? 電話に出られないほど、容態が悪いので
しょう? 。それとも○んじゃたtりして・・・なんてことはないですよね?今日は、
元気に出社してくださいね」
電話の主は、松本さんの恋人だった。
「彼女が呼んでいる。やっぱり帰らなくては・・・」
と、思ったとたん、意識がまったくなくなった。
ふわふわと空中をさまよっていた魂は肉体に戻り、元気を取り戻した松本さんは、
彼女の願い通り、翌日からふたたび会社に出勤したのである。
もし、あの川の対岸で、手招きをしていた女性のところへ渡っていたら・・・
ひょっとすると彼は、○んでいたかもしれない・・・。
備考:この内容は、1993-12-1 (株)青春出版社 夜中の王様クラブ編
「退屈知らずの朝まで読本」より紹介しました・・・。