「飲んだら乗るな! 乗るなら飲むな!」
この標語を聞いたことが無いと
いうドライバーはいないだろう。
では、次の標語はご存じだろうか。
「飲んだら寝るな! 寝るなら飲むな!」
じつはこの耳慣れない標語、年間
100人を優に越える死亡者を
出す、ある種の交通事故の防止を
啓発するもの。アルコールが関係
する悲劇は、飲酒運転によるもの
だけではないのである。
昨夏のある晴れた日の深夜、
埼◯県南東部を2人の女性客を
乗せたタクシーが走っていた。人影の
消えた住宅街の、暗く静かな道へ
と進入するタクシー。
「その先で一人降ります」
センターラインのない市道を
北東方向へと直進していた車は、
ハザードランプを点滅させ、信号の
ない交差点の手前で停止。
降車確認後、静かにドアを閉めた
ドライバーはハザードランプをけし、
次いでウインカーを点滅させながら、
ゆっくりと発進した。
その先の交差点を左折する
タクシー。曲がった先の住宅街の中を
伸びる一方通行の市道には、
歩道はない。しかし、幅3.3mの車道
の外側には、幅1.6mの路側帯
が左右に設けられており、車に
とっても、歩行者等にとっても、
通行しやすい道路といえる。しかも、
車も人もぐっと少なくなる深夜と
なれば、運転のプロであるタクシー
ドライバーが、事故の危険や
不安を感じることはなかった。
一方通行道路への左折を終えた
タクシーが、次の降車地へ向けて
速度を上げようとした瞬間、
運転席の男性ドライバーと後部座席の
女性客を、思いもよらぬ激しい
衝撃が襲った。慌ててブレーキを
踏み、急停止するドライバー。
何が起きたのか、事故ではないのかと、
後部座席から問いかける女性客。
しかし、驚愕の表情を浮かべて
バックミラーを見つめ続ける
ドライバーが、その問いに答えることは
なかった。彼の目は、バックミラー
に映った人間の姿に釘付けに
なっていたのである。
我が身を突然襲った衝撃の
原因が、自車による轢過事故
であったことにパニックを起こし
てしまったのか、ドライバーは
予想だにしない行動に出た。車から
一歩も降りることなく再発進し、
そのまま指示されていた降車地
まで女性客を送り届けた後、走り
去ってしまったのである。女性客も
唖然の「ひき逃げ」だったが、
もちろん、逃げ切れるわけもなく、
その日のうちに逮捕された。
埼◯県警の調べによれば、
タクシーにひき逃げされたのは、酒に
酔って路上で寝込んでいた70歳代
前半の男性だった・・・。
備考:この内容は「JAF Mate 2015-5」より紹介しました。