シンデレラの願い♥ | Q太郎のブログ

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パクリもあるけど、多岐にわたって、いい情報もあるので、ぜひ読んでね♥
さかのぼっても読んでみてね♥♥



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 ポリーは十分余裕を持ってアパートメントを出た。


万事にぬかりはなかった。5分おきに鳴るよう


セットしておいた2個の目覚まし時計は、どちらも時間


ぴったりに役目を果たしてくれた。エマ・ヴァレン


タインが、彼女の一族が経営する上品で優雅な


超高級レストラン〈ベラ・ルチア〉での仕事を紹介して


くれたのだ。これはポリーにとって起死回生の


チャンスだった。ウエイトレスの仕事は厳しいが、


がんばればチップをたっぷりはずんでもらえる。今朝は、


寝返りを打ってうとうとしてなどいられなかった。




 驚くべきことにバスは時間どおりに到着した。


ここからほんの2分ほど歩けば、チェルシー地区の


中心にある、凝った装飾が施されたジョージ王朝様式


の古風な建物にたどりつく。50年前、名高い


レストラン〈べラ・ルチア〉の一号店がそこでオープン


したのだ。




 ここまではすべて順調だった。


 太陽も輝いている。




「すみません」ポリーが振り返ると、3歳くらいの


幼児と赤ん坊を連れた女性が、ベビーカーを持って


バスからおりようとしていた。



「手伝っていただけませんか?」



 喜んでとばかりににっこり笑って、ポリーは


ベビーカーを受け取った。姪や甥の面倒を見ていたので、


ベビーカーの扱いには慣れている。






 ところがベビーカーはうまく開かなかった。


まるで飢えた虎のようにはねあがり、彼女のストッキング


を伝線させた。しかも伝線の具合を見ようと


ポリーが思わず身をかがめたのと同時に母親が連れて


いた男の子がかじっていたラスクを勢いよく


つきだしてきたせいで、制服の胸のあたりにべっとりと


しみがついた。さらに追い打ちをかけるように、


一台のバイクが車を避けようとして歩道の縁石すれすれ


を疾走してきたため、不安定な姿勢でいたポリーは


道路に投げ出されてしまった。




 転んだだけですんだのは、不幸中の幸いだった


のかもしれない。




 運が悪ければ、バスにひかれていただろう。




 大丈夫よ。ポリーは起き上がりながら自分に


言い聞かせた。まだ時間は十分ある。ミスター・


ロバート・ヴァレンタインと顔を合わせる前に、従業員用


の化粧室で予備のストッキングにはき替え、身なり


を整えることができるはずだ。はねてしまった髪を


耳にかけ、裏口の錬鉄製の門扉まで来ると、彼女は


ベルを鳴らし、ブザー音とともに開いた門を


通りぬけた。






 ポリーはベビーカーが脚にあたった時点で悟る


べきだった。だが、今になってようやく気付いた・・・


まるで傘を置き忘れるように、うかつにもバスに


幸運を置いてきてしまったことを。突然土砂降りに


見舞われたときのように傘が必要になって初めて、


ポリーは幸運という傘を忘れたことに気付いた。太陽


は今も輝いていたが、従業員用の化粧室へと急ぐ


ポリーの行く手に立ちはだかっていた男性がくるりと


振り向いたとき、雷鳴がとどろくのが聞こえた


ような気がした。






 もしかすると、それはその男性が悪魔にそっくり


だったからかもしれない。






 漆黒の髪は豊かで、高い鼻はかつて地中海全域を


支配していた彼の祖先を思わせた。黒くて太い眉が


まっすぐのびている。セクシーな唇からでさえ、


この男性が他人から指図を受ける側ではなく、命令を


下す側の人間であることがうかがえた。




 悪魔につきものの角は見えないが、もしかしたら


あの豊かな髪のなかに隠しているのかもしれない。


あたたかい糖蜜色の目だけが、いかめしい印象を


わずかに和らげていた。






 だが今、彼は批判的なまなざしでポリーをじっと


見つめていた。彼の視線が髪でとまると、ポリーは


転んだ拍子にピンがずれて髪がはねてしまったこと


を改めて意識した。男性は彼女の左胸にべったりと


ついているラスクのしみや、伝線したストッキング


にも気付いたようだ。




「ポリー・ブライトです」




 男性がなにを考えているかは明らかだったが、


彼がそれを口にする前に彼女は挨拶をした。相手の


視線をまっすぐ受け止め、身なりはひどいものの礼儀


をわきまえていることを示そうとさっと手を


さしだす。




 ところが、男性はポリーの手をとろうと


しなかった。




 無理もない。転んだとき、路上にもたれていた


オイルのなかに手をついてしまったことに、ポリーは


遅まきながら気付いた。




「今日からここでお世話になります」 ポリーは


そう言い添えたが、先ほどのように自信たっぷりとは


いかなかった。




「いや、ミス・ブライト」 



男性がわずかに片手を


あげ、ポリーの姿を見つめながらこたえた。



「それは、どうかな」






 古代ローマの彫刻を思わせる高い鼻や地中海沿岸


の住人らしい褐色の肌にふさわしい魅惑的な低い声


に、ポリーは一瞬、うっとりと聞き惚れた。まるで


ベッドに誘っているかのようだ。だがしばらくして、


ようやく彼の言葉の意味を理解した。




 なんですって?




 とんでもないわ! ポリーには納得がいかなかった。


弁解の機会も与えられないまま、この悪魔に


首にされるわけにはいかない。せっかく見つけた大切


な仕事なのだ。これは再起をはかる、そして家族に


対して前回の失敗を挽回してみせる絶好のチャンス


だった。






 厨房では客を迎えるための準備が始まった


らしく、聞きなれた音がもれてきた。あせったポリーは、


さも知り合いであるかのようにエマの名前を


口走った。




「わたしのことを疑っていらっしゃるなら、エマ・


ヴァレンタインに確かめてください」




〈ベラ・ルチア〉チェルシー店のシェフを務める


エマとは、調理師学校で知り合った。ポリーが通って


いた調理師学校に、エマが上級クラスの講師として


招かれたのだ。といっても、ポリーはエマの


レッスンを受けていたわけではない。氷の彫刻の実習で


ミスをしたため罰として退出を命じられたポリーは、


生徒用の化粧室でエマが緊張のあまり嘔吐している


のを見かけた。そこでポリーはエマにジンジャー


エールを飲ませ、さらに『犬ぞりの少年』の痛ましい


話をおもしろおかしく語って聞かせたのだ。


すっかり元気になったエマがポリーを教室に連れていき、


アシスタントとして紹介してしまったので、校長も


文句は言えなかった。




「ミスター・ロバート・ヴァレンタインでもいいわ」




ポリーは続けた。今の時間、おそらくエマは


厨房から出られないだろう。





「わたしを面接してくださったから」




「ロバート・ヴァレンタインは、今朝はメイフェア


店のオフィスにいる。お嬢さんのエマも、即位式の


晩餐会の準備のためメリディア公国に滞在中だ」




 つまり、二人がわたしをわざわざ窮地から


救ってくれると期待するなどずうずうしい、


と言いたいのかしら?










つづくかも・・・




備考:この内容は、「DSで恋愛小説」より紹介しました。