シェークスピアの『夏の夜の夢』で、妖精の王がいう。「妖精たちよ、それぞれに清らかな
野の露を手に・・・眠る人々を訪れ、注げ、やすらぎを」(小田島雄志訳)。眠りに誘い、眠らせ続ける
のに、妖精たちは大きな役割を果たしてきた。
けれども、現代人はどうやら、妖精たちを見失ってしまったようだ。睡眠不足や眠れない症状が、
大人だけでなく子供にも、急速に広がっている。先日公表された、全国の小中高校生約2万
7千人を対象にした調査によると、高校生では6割、小学生でも3~4割が睡眠不足を感じている
という。高校生の睡眠時間は平均6時間40~50分。彼らが床につくのは、平均すると
午前零時だ。
眠い理由は、「なんとなく夜ふかししてしまう」が半数以上で最も多く、「宿題・勉強」
「なかなか眠れなかった」「テレビを見ていた」と続く。
別の「親子にとって大切な時間」を尋ねた
調査(1995年)では、親がまず「家族の団らん」を挙げたのに対して、子(中高生)は「睡眠」
と答えた。
人間は体の中に時計を持っている。海外旅行などで起きる時差ボケは、この時計のリズムが
おかしくなる現象だ。不規則な睡眠を長時間続けていると、やはりリズムが狂う。夜遅くまでテレビ
などの明るい光を浴びていれば、体内時計の修正が十分には働かなくなる。働かないままに、
慢性のリズム障害=睡眠不足に陥る結果になる。
(寝る子は育つ)。あるいは(寝る子は息炎)。骨をつくり、足りない部分を補う成長ホルモンは、
眠っているうちに分泌されるのだそうだ。経験から導き出された昔の人の知恵は、正しい。
ところが現代の都市は、目覚めと睡眠という規則正しい循環リズムを捨ててしまった、いまの
子供たちは、親たちがこしらえた夜型社会の影響を受けながら、生きなければならない。
まさに(子は親を映す鏡)だ。
備考:この内容は、1996年7月11日 朝日新聞「天声人語」より紹介しました。