その事件のあった晩は、ちょうど 丸い月が昇って
いました。どこの家にも いつもと同じように明るい電灯がポチポチ
と、灯っていました。
ところが、あれ あれ あれ? どうしたことでしょう・・・?
どこの家の電灯も、
駅の電灯も、
通りの電灯も、みんな消えてしまったのです。
「どうしたんだ、どうしたんだ?」
「電灯が点かないぞ!」
「電気が来ないんだ!」
「電気が止まって、電灯が点かないことを、停電って言うんだぞ」
「それじゃ、その停電だ!」
「街も、村も、みんな真っ暗、停電してるぞ!」
「ほんとの ほんとの停電だぞ!」
「困ったねぇ・・・」
「弱ったわぁ・・・」
「どうして、停電なんかしたんだろう?」
街の通りの両側に、並んで立っていた電灯たちも、
すっかり停電で困っていました。
とりわけ、一番端っこの 若い
綺麗な街灯なんかは、それこそ、うんと停電を恨んでいました。
「まあ、いやだわ。せっかく今夜は、きれいにお化粧して、一番
素敵な洋服を着て、明るくしたのを見てもらおうと、思っていたのに
がっかりだわ・・・」
ベレー帽をかぶった若い街灯も、ベソを書いていました。
「ホントに、やになっちゃうわね・・・」
とりわけ、プリプリ怒っているのは、ネオンサインの首飾りを
たくさん付けた広告灯でした。
「まあ、あなた様もですの!?」
「そうよ、一晩5万円も ポンポコ商品株式会社
から、広告代を頂戴しているのに『あ・な・た・の・く・ち・べ・に・ポ』
で 消えてしまったんじゃ、
私、恥ずかしくって 困ってしまうわ。本当に・・・」
白く光った線路の脇で、固い腕木を斜めに出していた
鉄道の信号灯も 起こっていました。
「おいおい、わしらも いったい どうしてくれるんじゃい!
19:30東京発105列車 特急第2かかしが 山田に向けて
進行中だちゅうのに、真っ暗くらに消えちまって
『出発進行』だか
『注意徐行』だか
信号シグナルが
遅れないとは 何事じゃ!
衝突・脱線・転覆が起こっても、
わしは知らんぞ。ガタン ガタン ガタン」
「鉄道のシグナルさんばかりじゃありませんよ!もう僕のとこじゃ
小型トラックがぶつかったり、救急自動車が、サイレン
鳴らして飛んで来たり、4つも事故が起きているんですからね」
交通整理の信号機も、消えてしまった赤・黄・青の3つの
目玉をパチパチやって、文句を言っていました。
そうした間にも、事件がどんどん広がっているのに、まだ、
誰も、ちっとも気づきませんでした。
同じ頃、野球場に立っているナイター用の照明
なんか、根が臆病なうえに、いっぺんに54個の大きなレンズ
目玉が、停電したものですから、ただもう、むやみに泣き言を
言うばかり・・・
「なあ なんとかなりまへんやろか? うちらとしては、ほんまに大弱り
ですわ。なんしろ太陽ホイルスと、大枚ミリオンスとの組み合わせ
という、絶好の試合だっしゃろ。
ぎっしり満員のお客さんに
帰られてみなはれ、22んが400万円の大損害ですわ。ねぇ、
なんとか ちょっとでも早く明るくなりまへんでっしゃろか?」
「いかん、いかん、そんな金銭のことは、後回しにすべきじゃ。
全体いかにして、この、停電現象が発生したか?
いかなる原因でジャッキしたか? それを調査・研究するのが
先決じゃと、吾輩は思うとる。こうしたことを究明・議論
することが、吾輩は重要かつ大事であると思う所存
であるんである。えへん」
高いところから、ばかに偉そうな声がしたと思ったら、それは
フチなしメガネをかけたノッポのテレビ塔でした。
「一体、いつまで停電が続くのか、電気会社に電話を
かけてみようじゃないか!」
「そうだ、停電の原因を、はっきり詳しく聞いてくれたまえ!」
「いやいや、そんなことは 後回しにしなはれ。すぐにも電気が来て
明るくなるよう 頼んまっさ」
「いかん いかん、原因調査だ」
「あきまへん。明かりを付けるのを 先にしなはれ」
「原因、原因」
「灯り、灯り」
取り返しがつかない事件が、停電の中で行なわれているという
のに、まだこんな争いで、時間がますます経ってゆきました。
さて、ようやく話がついて「内科・胃腸科・専門・病院」
という、ブリキの長いハラマキを、お腹にぐるりと巻いた
横丁の電信柱が、月明かりに電話機の文字盤を回しました。
「え~と、全国電気株式会社の電話番号は え~と
65の4321番ですな。・・・もしもし、もしもし・・・おや?電話が
通じないぞ!?」
「ええ!」
「ほんと?」
「おかしいぞ」
ここで、みんなは、初めてこれはただ事ではないなと思いました。
ただの停電でなくて、大事件の様子が、少し分かって来たのです・・・。
なんだか怖くなったみんなが、そっと後ろを見ようとした時、みんなの
頭の上を コウモリのようにスウーッと、かすめ飛んで行ったものが
ありました。
「あ、何だ あれは?」
「なんだか 黒くて 怪しい姿をしているぞ!」
「鳥か?、人か? 飛行機か?」
「それとも空飛ぶ円盤か?」
「ロケットにしてもおかしいし、魔法のじゅうたん、スーパーマン、
怪しい姿は何だろう?」
みんなが怖々見上げていると、月の光に大きく広がる
怪しい影から、あたりに響く声が聞こえてきました」
「わっはっはっは、今頃、気がついたのか! のろまども。お前たちの
後ろを ようく見てみるがいい!」
そう言われて、電信柱も、街灯も広告灯も、テレビ塔も
自分の後ろを見回して、ハッとしました。
「わっはっはっは、どうだ! お前らの後ろには 1本の電線も
コードもケーブルもリード線も 見当たるまい。わっはっはっは、それでは
電気が通わぬどおり、いつまで待っても 電灯は点きは せぬわ。
電話も話せず、テレビも見えぬわけじゃ、わっはっは。電気が通っていた
電線は、残らず全部、この停電泥棒 「ワイルド・ワイヤア」様が
まんまと切り取って 頂戴したというわけじゃ。それでは
のろまな諸君たち さらばじゃさらば、いざさらば・・・」
あやしい黒い影が、肩を振って笑いました。
「こら!返せ、悪ものね!」
「停電泥棒。待て、待て、待て!」
「持っていっちゃ いやだよ!」
「まっとくなはれ お願いだす~」
「わっはっは、ワイルド・ワイヤア様は、針金・電線・電気コードの
盗みの王様、泥棒大将、ギャング・エンペラー。
涙や情は利くものか! わっはっは わっはっは」
この様子を、遠くから見ていた月が、ちょっと苦い顔をして、
眉の当たりを曇らせました。あとから考えれば、その月の顔が
曇ったのが、そもそもいけなかったのだと思います。
その曇り空が広がり、たちまち紫色のイナズマが
パリパリバリ
と走りました。腰の周りも背中の上も、頭も肩も
両足も、まるで針ネズミか、マントヒヒか、それとも、矢を
突き立てられた弁慶のように、体、一面につけていた盗んだ電線に
その雷電気が パチパチしたからたまりません。
「あわわ あわわ ビリビリビリ、電気で 体がビビビビ しびれ、
電気で 体が ふる ふる ふる 震え、ビリビリ 感電、ピチピチ
感電、これは、たまらぬ、ゆるしてくれ。針金返すから
止めとくれ。ビリビリ リウリウ ビリビリビリ」
さすがの針金ギャング・ワイヤアも 切り取った電線やコードを
元のところに放り出して、逃げて行きました。
「やーい、僕たちの電線が戻ったぞ!」
「おお、俺の絶縁ケーブルも 無事で戻ってよかったのぉ」
「それ、早速 きちんとコードの繋ぎ替えだのぉ」
エッサカ ホイサカ リウリウリウ
ソレヒケ ヤレヒケ ビュビュビュ
おしゃれの街灯やネオン灯、のっぽのテレビ塔や、信号機の
間に、また しっかり電線がつながり、真っ暗だった停電の
街や村に、明るい電灯が ちかちかポチポチ 点きました。
こうして、さしもの大事件も ようやく 終わりになったという
お話です・・・。
備考:このお話は、1988-11-20発行、草土文化 かこさとし著「おはなしきかせて」
より紹介しました。
あえて、ひらがなのお話を、漢字を使ってUPしてみました・・・