備考:この内容は著者が
障害者のための団体から
依頼されて作った、怪談調の昔話。
ハンディをもつ人に
対する心を反映するため、
現実のきびしさや恐ろしい描写を、
やわらかく表出するため、
方言的な発音で読むのがふさわしいと
思います。
むかしむかしのそのむかし
むらざとからはなれたやまのふもとに かねもちちょうじゃの やしきが
あっての、りっぱなおおきなうちじゃったが、ちょうじゃがぽっくり○ぬと
いえのものも めしつかいたちも ちりじりになって、 がらんと だれもいない
ひろいやしきだけが ふるびてのこっておったそうな・・・。
あるとき、はたけしごとをしていたむらびとが、きゅうにザザーとふりだした
にわかあめにおわれて、このふるいたしきにかけこんで あまやどりを
しているとな、くらいやしきのおくから あやしいものかげが どろどろどろー
とでてきてな・・・、
「とってくうぞ ちぎってくうぞ おまえなんかは きえるか ○ぬかー。」
という おそろしいこえがひびいたんだと。
たまげたむらびとは、
「うわあ、おにがでた。おとろしおにじゃ ひとくいおにじゃー。」
と くわもにもつもすてたまま、あわててあめのなかをむらに かえってから
というもの、むらびとは よるとさわると
ちょうじゃやしきは おにがでる
こわや おとろし ひとをくう
と うわさして、だれも やしきにちかづくものは いなくなってしもうたん
だと。
そうしたあるゆうがた、たびのぼうさまが むらをとおりかかったのでな、
「これからやまごえをしては よるになるし、とちゅうにこわいおにがいる
やしきがありますので、どうぞ、むらにおとまりなさいませ。もし、おぼうさま
あしたあさはやく たびだちなさいませ。」
と こえをかけたが、あいにく みみのわるいぼうさまは
「ごじょく あくぜ、ごくらく じょうど、なむあむ なむあむ。」
というだけで、すたすた とおりすぎていったんだと。
やがて、ずんずんひがおちて、ちょうど ちょうじゃやしきのあたりで
あたりがくらくなったので、なにもしらないたびのぼうさまは
「やれやれ、こよいのやどは このふるいやかたをかりてとまるとしよう。
なむあむ なむあむ。」
と、そのおとろしいやしきのなかへはいっていってな、こわれたり くさった
り あなだらけのなっているへやのすみで、ごろりとねてしもうたと。
すると、まよなかごろ
みしりー ことり みしりー ことり
あやしいものおとが だんだんだんだんちかづいてきたんだと。みみの
きこえないたびのぼうさまが きづかないあいだに、
みしりー ことり みしりー ことり
ぼうさんのねているへやに おとろしいものがはいってきてな、やにわに
まわりのはしらやかべを ぼうでがんがんどかどかたたきながら、
「とってくうぞー、ちぎってくうぞー、おまえなんかは、きえるか
○ぬかー」
と、くらやみのなかに、おそろしいこえをひびかせたんだと。
そのさわぎに きがついたぼうさまは、いそいでひをともすとなー、ろうそく
のひかりにうかびたのは、おとろしおそろし おにのかおじゃった。その
みだれたかみのけの、おにのすがたをじーとみておったぼうさまがな、
「おぬしはあしがわるいのだな、なむあむ なむあむ。」
というんだと。それをきくと、おこったおには、
「ええい なにをいう。はやくでてゆけ、ゆかぬとくうぞ。きえるか ○ぬか
はよはよいでよ。えい えい ええい。」
と ぼうさまめがけて つかみかかったのじゃ。
「あ、あぶない。」
ぼうさまのところへちかづこうとしたおにが、あしをふみはずし、そのよろけ
たからだを
ぼうさまがだきとめてやると、そのてをふりはらって
「ええい、はなせ。はなさぬと あたまからがりがりかじって たべてしまう
ぞ。はなせといったらはなすんだ。」
と おには めちゃめちゃにわめきあばれたんだと。
おにをおさえていたぼうさまは、このとき すいとおにのかおにてをのばすと、
かぶっていたおにのめんを ざあーとばかり ひっぱがしたんだと。
なんと、おにのめんのしたからでてきたのは・・・
ちいさな こどものかおじゃった。
「ええい、なにをするんじゃ てをはなせ。はなせというのにー うわーん。」
ぼうさまのうでのなかで こどもはないてあばれ もがいて てあしを
ばたばたさせたが、ぼうさまはしっかと こどもをだきすくめながら、やさしい
こえで
「よしよし、あしがわるいうえ めもどうやらようみえんおぬしが、ひとを
よせつけぬには きっとふかいつらい わけがあってのことじゃろう。たたくが
よい、なくがよい、くるしかったんじゃろうのう。かなしかったんじゃろう
のう。なむあむ あわれ なくがよい なくがよい。」
と おにのふりをしていたこどもといっしょに、ぼうさまもなみだを
こぼされたそうな。
そして、なみだとともに、ぼうさまは こふどものよごれたかおやてあしを
ぬぐってやって、もっていたむすびをたべさせてやったのじゃと。
やがて、ぽつりぽつり こどもはみのうえばなしを はなしはじめた
のじゃ。
かねもちちょうじゃのことして うまれたこのこが、わるいびょうきが
もとで あしがまがり、めもだんだんみえなくなったとき、かなしいことに
ちょうじゃが○に、それをよいことに やしきにはたらいていたものたちが
つぎつぎ おかねやたからを だましてもちだしたり、とってにげたりして
いったのじゃと。
なげきのあまり ははもやまいにふし、ふじゆうなからだで このこが
かんびょうしていたが、そのははも はんとしまえに○んだあと、ひとりのこった
このこどもは、にわのきのみや はえているくさをたべながら、ちかづくもの
があると うらみをこめておどしていたことを、こどもはかすかにみえる一つ
のめをたよりに、もじにかいて ぼうさまにしらせたのじゃった。あわれな
みのうえをしったぼうさまは、しっかりとしたじをかく このかしこいこどもを
たすけてやらねばと、こころにおもったそうな。そして、そのこどもを
しずかにいたわりながら ねむりにつかせてやったのじゃ。
それからいくにちかたったあけがた、やまをこえてゆく おとなとこどもの
ふたりのぼうさんのすがたが、ちらっとみえたそうな。あしのわるいちいさな
ぼうさんは、おおきなぼうさんにてをひかれながら やまのむこうへきえて
いったということじゃ。
そして、みやこにのぼって しゅぎょうしたぼうさまは、りっぱなだいそうじょう
となり、あしのふじゆうな そのでしのぼうさまは、としがわかいのに
ひとびとみんなからしたわれて、おしょうにんさまとよばれるように なったと
いうことじゃ。
めがみえぬより、みみがきこえんということより、こころがゆがみ とじて
いるひとのほうが かなしくておとろしいと このしょうにんさまはいうて
おいでじゃったそうな。
なむあむ なむあむ
ちょうじゃやしきのおとろしばなしは、これでなむあむ おしまいじゃ。
備考:この内容は、1988年11月20日発行 草土文化 かこさとし著「おはなしきかせて!」
より紹介しました。