二宮> 絵は小さい時から描かれてるんですか?
宮崎> 絵はずっと描いてましたけど、子供はみんな落書きしますから、
その程度のものです。
二宮> それは何かを見て描いたのではなく?
宮崎> 真似して描いたことってないんですよ。
二宮> ええ~!
宮崎> なぜかはよくわかんない。母親が「真似をしてはいけない」って
言ったからだと思うんだけど(笑)。描けないですよ、鉄腕アトム
とか、オバQだって描いたことない。真似はいけないって、それだけ
叩き込まれてしまったんですね。でも目で見てるから心に影響は
受けてるんです。
二宮> 手塚治虫とか。
宮崎> ええ、それはとても影響受けてるんですけど、それと戦わないと
いけなくなるから、そっくり描いたってしょうがないもんね。
二宮> コンスタントにずっと作品を発表されてますよね。
宮崎> そうでもないですよ。
二宮> そうなんですか?
宮崎> 前はねえ、もっと短く早く作れたんですけど、まあ、時間が
物凄くかかるようになったから、僕自身が。作品の中身もどんどん
ややこしくなってきたので、昔ほど短期間では作れないです。一番
最初は4か月半で長編つくりましたから。それが半年になり、1年
になり、2年になり(笑)。ほっときゃいつまでたってもできないって言う、
そういう風になりましたね。
二宮> 一つの作品を作っている時はその作品に集中しているん
ですよね。
宮崎> ええ、もちろん。もう映画がまともに仕上がるなら、腕1本、
足1本なくなってもいいってぐらいの気持ちでやるわけです。
終わった途端に変わるけど(笑)。
二宮> 終わると、もうできないって思うんですか?
宮崎> 最低、半年くらいは元に戻んないですね。
二宮> へえー。
宮崎> だけど、オリジナル作品って言うのはものすごくリスクの高い
ものなんです。こりゃあダメだぞって言うのもずいぶん作ったんです
けど、お客さんが助けてくれたって感じですね(笑)。それで
生きながらえてきた。よく言ってますけど、毎回毎回、これが最後の勝負だ
って。自分でもこんなに続くとは思ってなかったです。
二宮> でも、まだ続けたいわけですよね、ずっと。
宮崎> いや、続かなくてもいいと思うんだけど、みんなの生活が
かかるようになっちゃって(笑)。
二宮> (笑)。
宮崎> もう僕はいいんですけど、本当、難しいところに来ましたよね。
自分たちのスタジオの問題だけじゃなくて、日本のアニメーション
そのものが。多くの現場はほとんど中国とかに依存して作ってるわけ
だから。だから、日本のアニメーションって言うのは、もう曲がり角に
差し掛かったんじゃなくて、振り向くとかなり前に曲がったなって(笑)。
二宮> え、でも今すごいブーム、でしょ!?ジャパニメーションとか
言葉もありますし。
宮崎> いやいや、それはもう遅れています。現実とはずいぶんギャップ
があると思います。特にこの金融恐慌以来、一段とあちこちで仕事が
ないって人間が出てきてる。映画館もやっぱり人が来なくなりましたね。
二宮> そうなんだ。全然、状況違うんだ。
宮崎> ええ。まだね、日本のアニメーションがどうのこうのとか
言ってる人いますけど、現実とはもうすっかりズレてるんですよ。欧米に
もアジアにも、日本のアニメーションや漫画のファンはいますけど、
やっぱり・・・雑に言うと、社会の中のオタクです。でも、彼らに
言わせると、”オタク”って言う言葉があるだけ日本は幸せだって。
私たちには言葉すらないって(笑)。
二宮> (笑)。それでもジブリは作り続けてるじゃないですか、作品を。
それは宮崎さんが見たいものなんですか?それとも見せたいもの?
宮崎> それほど単純じゃないんですね。とにかく作らなければいけない。
今回ちょっと休んでいいよってわけにはいかないから、
じゃあ、何を作ればいいか、深刻にこう・・・考えても無駄なんですよ
ね。考えて出てくるもんでもないし、討議して出てくるもんでもない
から、まあ、頭の中の空洞の中に釣り針を下ろして、何か引っかかって
来ないかなって(笑)。
二宮> (笑)。
宮崎> そんな感じです。無理やり。1本終わるとスッカラカンに
なってるんですよ。ほんとに。それで貧乏になってるんです。本棚の前で、
この中から何か一冊ないかなぁとかね、そういうところに立ち戻る
んです。作ってみたいものはいくらでもありますよ。だけど、
お客さんが来ないって自信を持って言えるような企画しかないから。で、
年を取るにしたがって、作ってもお客が来ない自信だけはあるようなもの
ばかり作りたくなるんですよ。
二宮> そうなんだ。だけど、売れることを考えなくていいんだったら、
作りたいものがめちゃくちゃあるってことですよね。
宮崎> いや、でもそれはね、作るったって面倒くさいことですから。
机に向かってゴリゴリやらなくちゃいけないし。ジブリのスタジオ
だけでも150人いるわけですから、今月はお前何する?って
そういう楽しい状態でできない。やっぱり維持しなくちゃいけないから。
だから、しんどいんですよ。それはどんな映画会社もどこのプロダクションも
抱えてる問題だと思いますよ。作りたいものを作っていいんなら、
もう20年も前につぶれてると思いますよ(笑)。
二宮> なるほど。
宮崎> だけど、作るに値する作品はいつでもあるんですよ。その可能性
は常にあるから。作らねば、永遠にないわけですから。それが
そう簡単に転がってるもんではないことも確かなんです。だから、
作ってよかったという作品がどこかにあるはずだと思って探すしかないです、
何を作るんだって。
二宮> 作ってよかったって思えるものがやっぱり一番ですか?
宮崎> いやそれはややこしい問題で、しばらく人の顔が見られない
って作品はいくらでもありますからね(笑)。もう見に行かないほうが
いいですよって言いたくなるくらい。大体2年近くやって
ますと、うまくいかなかったことだけが記憶に残って、けっこう、
つらいんですよ。時間をおけば、どんどんフィルムがよくなるとか、
まったりしてくるとか、そういうことないから(笑)。ダメなものは
ダメのままだから。
二宮> 僕らからは想像できないですね。
宮崎> あと、これはどこにでも転がってるような話だと思うんだけど、
作り手の方にも違う人種が出てきてる。子供の時からテレビを見て育った、
映像を見て育ったという人種。だから、彼らの見本は映像
なんです。火を描けって言うと火のアニメーションを見てるんですよ。
本物の火を見ろって言うと、本物の火がありませんって。それで、
ここのストーブを見に来いって言ったら、4時間じっと見てるやつが
いましたけど(笑)。そういう裸の火を見たことがないとか、それは一例
にすぎなくて、いろんなことでそう言うことが言えるんです。
二宮> そうですよね。
宮崎> 要するに今、情報というか映像そのものはものすごい勢いで
細かく享受できるけど、結局それは本物と出会ってるわけじゃない。
だから、作る人から生まれてくるものがコピーのコピーになる。
そりゃ、薄ボンヤリして滲んでくるのは当たり前だって。僕らも今は
コンピューターを使って色を付けてますけど、前は筆で塗ってたわけですよね。
でも筆が使えなくなったんですよ。筆って3か月もすりゃ、昔は
使えたんですよ。早い遅い、上手い下手はあったけど、塗れた。今は
1年かかっても筆を使いこなせない人間が出てきたんです。
二宮> へぇ~。
宮崎> これはねえ、ちょっとこっちが途方に暮れたんです。本人が
怠けてやってるのかって言ったら違うんですよ、一生懸命やってるんです(笑)。
やればやるほどダメなんです。それはもう、小さいころにやんなきゃ
いけないことをやってないんですね。だから20歳になっていくらやって
も無駄なんです。酷薄のようだけど、ダメなんです。そのダメな子が
さらに親になってますから。ダメな親がダメな子供をどんどん育てます
から。もう手仕事って言う意味では日本そのものが後退して
ると思います。日本はその手仕事で支えてきたんですよね。人的資源が
日本の唯一の資源ですから。それでヤバいんですよ。まったりと平和に
なって(笑)。
二宮> 笑ってる場合じゃないですよねぇ(笑)。
つづくかも・・・つづかないかも・・・
この記事は、
発売元 角川グループパブリッシング
発行人 藤島ジュリーK. 著
発行所 株式会社 M.Co.
ニッポンの嵐 ポケット版 よりお借りしました。