氷いちご 2 | Q太郎のブログ

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パクリもあるけど、多岐にわたって、いい情報もあるので、ぜひ読んでね♥
さかのぼっても読んでみてね♥♥


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こんなにぎゅうぎゅうに座ってご飯を食べたのは生まれて初めてだった。しかもおかずをごはん


こんなに奪い合う食事も初めてだった。杉原が「居場所がない」といった意味がいやというほど


よくわかった。理科室でなんだかちょっと励まされたような気がして、今から弟や妹の分もハンバーグ


夕飯を一人で作るという杉原を、ちょっと手伝ってあげようかと言ったのが運の付きだった。杉原


は変にキリッとして言ったのだ。


「居場所がないって言葉のホントの意味を、今日は教えてやるよ」たあ坊





 杉原の家は町工場だった。1階が工場でお父さんが機械を使って仕事しているのが見えた。工場


「こんちは!」と言ってみたけれど、機械の音で聞こえないみたいだったので杉原に


くっついて2階に上がった。階段には子供の小さな靴がいっぱい並んでいて、ドアを開けると蝉の声うわばき くつ くつ


みたいに子供の声があふれてきた。何人いるんだろうと思ったけれど、冷静に数えると


杉原のほかに5人だった。弟が3人とその下に妹が2人。一番小さい子は「来年小学校に入学するの」こども女の子


と言ってうれしそうに笑った。冷蔵庫を開けると中にはたくさんパック入りの豆腐が入って


いた。おかずは冷奴だという杉原に、私は冷蔵庫の隅からいくらかのひき肉と玉ねぎと玉ねぎ


ベーコンを見つけ出し、豆腐ハンバーグを作ることにした。人数分にするためには豆腐がどうしても


多くなり、ややだらけた形のハンバーグになったけれど、子供たちは喜んで食べてくれた。


1週間ほど前からお母さんが家を留守にしている杉原家では、冷奴と納豆がメインメニューと豆腐 なっとぅー


なっていたらしい。





「お母さん、もうすぐ帰ってくるの」


 と、恥ずかしそうに体をくねらせながら小学2年生の妹が言った。こども女の子


「今、もうちょっと仕事のありそうな、母ちゃんの田舎の工業団地のほうへ引っ越せねえか、


様子見に行ってんだ。NC旋盤とかネジ加工とか、父ちゃんの腕は絶対確かなんだからさ」たあ坊


 5年生の弟にハンバーグを分けてやりながら杉原は言った。元気に兄貴のハンバーグを


頬ばるこの子はもしかして、父が夜中に診察した子かもしれない。本当にもたもたしてたら病院


食卓に座る場所がない、おかずだって無くなるこの家にいると、「居場所は自分で見つけ出すもの


だ」と素直に納得できた。誰もが自分の気持ちを声を張り上げて主張し、本気で喧嘩したりおうち


ふざけ合ったりして、杉原の兄弟はちゃんと、狭い家に収まっていた。





 大丈夫だと言うのに、杉原は一緒に家まで自転車で送ってくれた。自転車


「杉原、もし引越しすることになったら、志望校も今から変えるの?そんなのって大変


じゃないの?」


 杉原は全然という風に首を振って言った。たあ坊


「どの学校に行くかなんて大したことじゃないさ。どこに行こうとやんなきゃいけないことは


同じだろ?」


「でも・・・でもさ、もっと楽な家もあるのにとかって、思わない?」長女B


 暗くて顔はよく見えなかったけど、杉原はいとも簡単に言ってのけた。


「思わないさ。これが俺の家だし、どこにいたって俺は俺で変わらないから。あとはその場所


でやれるだけのことをやるだけだ。あきらめないで・・・どこへ行っても・・・どんな状況に・・・


なってもな」たあ坊


 通りを走る車のライトが、杉原の顔を一瞬照らした。とても真剣で、いつもよりずっと


大人びているような気がした。ライト


 そうだよね、居場所がないと思っても、そこが大切な自分の家だと思うなら、杉原の小さな


弟や妹みたいに大きな声で、ここにいるよ、ここにいたいよって言えばいい。私はいつの間に花


素直に気持ちを伝えられなくなっていたのだろう。大切な人とまっすぐに向き合って話を


しなくなっていたんだろう。杉原の背中を見送って、私は玄関のドアを開けた。花





 岡本さんは帰りの遅くなった私をずいぶん心配したらしい。平気でテレビドラマを見てテレビ


いる母さんとは違い、私の顔を見て本当にホッとした顔で「おかえり」と言った。


「遅いじゃないか、遅いじゃないかってホント、うるさかったのよ」おかあさん


 母さんが言うと岡本さんは頭をかきながら、ずんぐりした体を縮めるようにして笑った。


大学の研究室でずっと研究一筋だった岡本さんは口下手で、私と初めて会った時から、一生懸命


話しかけてくれるのが痛いほどわかる人だった。岡本さんにとって15歳の女の子など、長女B


もう宇宙人の存在に近かったかもしれない。お互い相手を思いやりながらも本当の気持ちを言わない


で、びくびくしていたのかもしれない。


 私は二人が結婚してからこのひと月、ずっとどうしたらいいか考えていたことを、ラブラブ


思い切って岡本さんに話すことにした。


「あのう、岡本さん、私、岡本さんのこと、お父さんと呼んだ方が・・・いいのかな」汗


 岡本さんは唐突な問いかけに、困った顔をして黙ってしまった。母さんの、「ほら、しっかり」おかあさん


という小さなささやきが聞こえる。


 岡本さんは咳払いをして、それから私をまっすぐに見て話し始めた。あせる





「僕は茜ちゃんが、本当に僕のことを、お、お父さんと呼んでくれる日を待つよ。それはおとうさん。


ずっと先でも構わないし、最後まで無理でも構わないんだ。だけど僕はもうずっと前から、


茜ちゃんを娘だと、思っているよ」


 岡本さんは大きく息をして、湯呑みのお茶をぐっと飲みほした。


 私も岡本さんを見た。今の気持ちを聞いてもらおうと思った。長女B


「私、岡本さんがうちに来てくれて、母さんが幸せになってすごくうれしいの。だけど


岡本さんをお父さんと呼ぶと、ホントのお父さんと自分とが、遠く離れてしまうみたいな気がして、次女A


苗字だって変っちゃったし、このごろちょっと、つらかった・・・」


 笑おうと思ったのに、全部話すと急に涙がどんどんあふれてしまった。私の涙に岡本さんは


ますますうろたえ、私も自分の涙にうろたえてうつむいてしまった。だけどしばらくすると三女A


岡本さんは、静かな声でゆっくりと話し始めた。


「茜ちゃん、僕がもっと早く、ちゃんと話せたらよかった。ごめん。それから、茜ちゃんの


お父さんへの気持ちも、話してくれて、うれしいよ、ありがとう」おとうさん。


 岡本さんは少し黙って、それからまた、一言一言確かめるみたいに話し始めた。


「僕はね、今までにほんとに研究しか、してこなかったんだ。だからやっぱりその話しかおとうさん。


出来ないんだけどね、ちょっとだけ、その話を聞いてほしいんだ。いいかな?」


 私はうつむいたままでうなずいた。次女A





「僕がね、ずっと研究してきたのは、DNAというもので、わかるかな、聞いたことあるかな?花


生きているものすべての、親子の受け継ぐ遺伝子の、細胞の情報なんだ」


 私は涙をぬぐって岡本さんを見た。


「茜ちゃんのお父さんと茜ちゃんには、お互いを結びつける同じ「 印 」がつている。それを花


DNAって言ってね、それは赤姉ちゃんを作っているどの部分にも、顔にも手にも、そう、心の中にも


組み込まれていて、将来何があっても、絶対に変わることはないんだ。だから、だから茜ちゃん花


はこれからもずっとそのままで変わる必要なんかないし、だから名前だって本当は


どうだっていい。大切なのは、茜ちゃんはこれからもお父さんとお母さんからもらったその「 印 」を、花


この世にたった一つしかない「 印 」を胸に抱いて、いつまでも、これからもずーっと、つながって


生きていくんだっていうこと、それだけなんだから」花


 岡本さんがあちこち突っかかりながら話す言葉が、心の隙間にしみ込んでいくような気が


した。両親がくれたたった一つしかない「 印 」。これからもずーっとつながって生きていく。岡本さん


はきっと大学でも、もっともっと難しい話をこんな風に、一生懸命汗を拭きながら、汗


学生さんに話しているんだろうなとその時思った。


「名前なんてどうでもいいじゃん、茜は茜だろ?」といった杉原の笑顔を思い出した。たあ坊


溶けてしまった氷イチゴの甘い味も。岡本さんも杉原も、私に同じことを言うんだなと思ったら、


胸いっぱいに温かいものが広がった。ラブラブ





 それからの数日、私は岡本さんの、持ってきたままになっていた荷物の整理を手伝った。黄緑の本


積み上げられた段ボール箱を開けると、それはほとんどが本や資料で、服や靴はほんの


ちょっとしかなかった。それがおかしくて笑っても、岡本さんは何がおかしいのかわからなくてさくら。


また困ったみたいに笑った。でもそれは、ちっとも居心地の悪い笑いじゃなくなっていた。


 次の日、久しぶりに理科室に行ってみたが杉原は来なかった。カメ子の水槽の水はカメ


この暑さで緑色に変わっていて、カメ子の甲羅にも緑色の苔が薄く張り付いていた。杉原がきちんと


カメ子の世話をしていたことが初めてわかり、私はカメ子の甲羅をゴシゴシたわしでこすりカメ


ながら、杉原の家に行ってみようと思った。





 杉原の家には車が数台止まり、何人かの人たちが立ち話していた。私は自転車を止めて


工場の閉じたシャッターを見た。そこには小さな文字で、「都合により廃業します。ご迷惑ハイビスカス


をおかけいたします」と書かれた張り紙がしてあった。


「ここの人、引っ越したんですか?」


 私が聞くと作業服を着た中年の男が、不機嫌な顔で吐き捨てるように言った。ハイビスカス


「夜逃げだよ、よ・に・げ。杉原がこんなことするとはな」


 目の前の状況が呑み込めなかった。男は車に乗り込み、思い切りドアを閉めて行ってしまった。


近所の住人らしいおばさんたちもひそひそと顔を寄せ合って話している。張り紙をけろけろけろっぴ


見ながら携帯をかけている男もいる。みんな一様に顔をしかめて、首を横に振ったり深くうなずい


たりしていた。


 私は通りから2階の窓を見上げた。兄弟たちの声があふれていた小さな部屋は、カーテンがマイメロちゃん


ぴっちりと閉じられて静まり返っている。ふいに杉原が最後に見せた大人びた顔が頭をよぎった。


私は必死になってあの日の杉原をもっと思い出そうとした。最後に言った言葉は何だったメロディ


ろう?私は急いで自転車に乗ると、また理科室に向かって走り出した。





 カメ子が水槽を滑り落ちる音がストンと聞こえた。理科室の冷蔵庫の前に立ち、私はカメ


思い切って冷蔵庫の扉を開けた。


 そこには前にも増してぎっしりと、氷イチゴが詰まっていた。あれからの数日間、杉原はカキ氷


氷イチゴを食べながらカメ子とここで勉強し、そしてこれからもずっとここに来るつもりで


氷イチゴをこんなに買い込んでいたのだろう。杉原はもっとこの理科室で勉強していた


かったはずなのだ。


 一番手前の氷イチゴをひとつ抜き取ると、蓋の「いちご」という文字の上に、黒いマジックマジック


で書かれた汚い字が並んでいた。


「どこにいたって茜は茜だからな。カメ子を頼む」


 私は両手でぎゅっと氷イチゴを包み込んだ。杉原はこうなることを知っていたのかも


しれない。知っていたのだと思って。こうなることがわかってからまた、自分はもう食べない氷イチゴカキ氷


をこんなに詰め込んだのだ。居場所がないと言った私のために。


「杉原・・・杉原だってどこにいても杉原のままでいるよね・・・きっと今までみたいに居場所、


杉原なら、作れるよね」


 カメ子の水槽からまた、ストンと音がした。カメ





おわり


備考:この内容は、リンダブックス編集部 99のなみだ こころ 甲木千絵 著 よりお借りしました。