明日への言葉
高齢化社会を楽しむ~高齢者にこそパソコンを 大川加世子
東京都世田谷区在住の大川加世子さん(81歳)は、インターネット
で高齢者同士がつながりあう「コンピューターおばあちゃんの会」
代表です。会を立ち上げた1997年(平成9年)当時は、年寄りが
パソコンなんて」、行政や企業から見向きもされませんでした
が、今や、高齢者を意識したIT(情報技術)商品も現れて
います。大川さんが、インターネットを通じて仲間の輪を広げてきた
年月を振り返り、「高齢者ならではの知恵でパソコンを使いこなし
て、同年代で一緒に楽しく、ゆっくり人生を楽しみましょう」と
語ります。
( 聞き手 水野節彦)
☆パソコンは人と人をつなぐ便利な道具
・・・大川さんはこの3月、アメリカのサンディエゴ
で開かれた「テクノロジーと障害者会議」
に出席して来られたそうですが、これは、
どのような趣旨の会議なのですか?
大川> 障害のある方々を支援する技術について
情報交換する会議で、最新機器の見本
市でもあるんですよ。高齢になりますと、
目や耳、手足が弱って来ますでしょ。そういう
意味で、障害のある方々は私たち高齢者に
とって、テクノロジー(科学技術)を上手に
役立ててこられた先輩のような存在です。
どんな障害支援技術が開発されていて、それを
どう使えばいいのかを教えてもらうと、私たち
高齢者にはとても助けになります。
・・・パソコンも、高齢者を助けてくれる
テクノロジーの一つというわけですね。
大川> そうです。パソコンは体力や気力の
衰えを補ってくれますので、高齢者が元気に
楽しく生きていくためにこそ使わなきゃって、
私は思っているんですよ。
年を取りますとね、友達が減る一方なんで
す。子供や孫と一緒に住めば淋しくない
ってものでもないし、転勤だなんだって、
何かと忙しい人たちでしょ。それにくっついて
行く気に、なかなかなれないんですよ。高齢者
って。住み慣れたところにいたいの。でも、
パソコンがあれば、インターネットで家に
居ながらにして人とつながることができます。
その時、大事なのが、同世代の方たちと
つながっていること。同じ時代を生きてきた
者同士、ツーカーに分かり合えるんですね。
「戦争中って、いつもおなか空かしていたよね」
ってメールを打てば、すぐに「ほんと、そうだったよね」
って共感のメールが飛び交います。
・・・大川さんが「コンピューターおばあちゃん
の会」を立ち上げたのは、1997年(平成9年)
でした。簡単に言うと、どんな会なの
でしょうか。
大川> パソコンを使って、高齢者同士で楽しく
おしゃべりをします。
・・・阪神・淡路大震災の2年後に会を
立ち上げていらっしゃいますが、やはり災害のこと
は意識されましたか。大川さんご自身も
一人暮らしと伺いましたが。
大川> 当時からすでに、一人暮らしの高齢者
がどんどん増えていくことはわかっていまし
たよね。孤立しないよう高齢者同士でつながって
おかないと大変、という気持ちは確かに
ありました。高齢者の精神的自立なんて言う
ことも頭をかすめましたけど、それは建前。
本音は、「年を取るって淋しいなあ」つて
言うことね。ほかの会員も、男女問わず同じ
ことをおっしゃいます。
・・・会員同士、愚痴なども言い合うのですか。
大川> もちろん、それがなくなっちゃ。ただし、
個人攻撃にならないよう、節度を持ってね。
・・・パソコン画面を見ていると、目が疲れ
ませんか。
大川> なにも、46時中見てなくちゃいけない
ってものじゃないでしょ。自分が見たい時
に見ればいいのですし、文字は大きくできます
から大丈夫。そういう心配をするよりも、
人とおしゃべりする機会を増やすってことが
大事なのだと思います。「寒いね」「暑いね」
と一言メールを打つと、「そうだね」と
返信が来る。これって、人としゃべるって
ことでしょ?
・・・お友達と電話でおしゃべり、というスタイル
は昔からありますよね。
大川> 電話だと基本的に1対1でしょ。メー
リングリストなら、何百人、何千人とでも、
24時間、常に同時につながることが
できます。「コンピューターおばあちゃんの会」
のメーリングリストは、約250人。
会員は全国に散らばっていますから、話題が豊富
なのね。写真付きで「流氷着岸」なんて
メールが北海道から届いたと思ったら、同じ日に
沖縄の会員から、「桜満開」というメールが
写真と一緒に届いたりするんですよ。映像を
見られるのも、電話と違うところね。ご近所
さんとおしゃべりしているより、ずっと刺激的
で面白いです。
☆この指とまれ!
・・・会を立ち上げた当時は、パソコンも今
ほど普及していませんでしたし、大川さん
ご自身すでに66歳だったわけで、パソコンに
対する抵抗感はなかったのですか。
大川> 私は終戦後にタイプライターを使う
仕事をしていて、ずっとキーボードを打って
来たんですね。それが幸いして、キーを打つ
事への負担感はありませんでした。そろそろ
定年という時になって、高齢者のみなさんに
パソコンライフを楽しんでいただくボランティア
を始めたいなと思えたのは、長いこと
キーボードと一緒に生きてきたおかげだと思い
ます。
・・・会を立ち上げるために、まずどんなこと
をしたのですか。
大川> どうすればいいのか、最初は全く
わかりませんでしたから、とりあえず行政に
相談してみたんです。「おじいちゃん、
おばあちゃん同士でパソコンでつながる会を作り
たいんですけど」って。そうしたら、「パソコン
を貸すことはできますけど、壊した時
の修理代は自己負担してくださいね」と
言われてしまって。
でもね、パソコンなんて触ったこともない
方たちばかりですよ。何が起こるかわからない。
自己負担ではやっていけないでしょう?
パソコンメーカーに相談したり、関連業界の
大企業を訪ねてもみました。でも、「高齢者
とパソコンなんてミスマッチ」とか、「コストが
見合わない」とか、誰も相手にしてくれ
なくて。パソコンは高齢者が生きていく
ためにこそ必要なのに、どうしてそれが
わからないの?」と思いました。悲しかったですね。
あきらめかけた時に、ふと足を運んだの
が、自宅近くにある区のボランティアセンター
でした。入口に大学生のような若い男性
が二人、座っていましてね。「実は私、
こういう会を作りたいんだけど、出来るかしら」
と相談してみたんです。そうしたら、
二人のうちの一人が、「大川さんは、ご自分で
ノートパソコンを一台持ってるんでしょう?
僕も一台持ってますから、2台もあるじゃない
ですか。できますよ」って言うのね。隣に
座っていた茶髪の大学生も、「じゃ、僕は
名刺を作ってあげますよ」と言って、背中を
ポンと押してくれたんです。それが、
「コンピューターおばあちゃんの会」の原点となり
ました。区の広報に、「ちょっと高い
おもちゃですけど、高齢者同士、一緒にパソコンで
遊びませんか。受付は当日会場で」と
言う簡単なお知らせを出してみることにしたん
です。一人でも来てくださる人がいたら、
「コンピューターおばあちゃんの会」を
発会しちゃおうと思って。
☆”出たきり老人”出現!
大川>当日は朝から大雨。「一人も来てくれ
なかったらどうしよう」と、やきもきする
ような天気でした。でもね、開始時刻が近付いて
きたら、傘をさして、杖をついて、おじいちゃん、
おばあちゃんたちが続々とやって
来るじゃないですか。40人しか入れない会場
なのに、結局、150人もの方が集まって
くださったんですよ。
急きょ2回に分けてやることにしたのですが
、それでも80人しか参加していただけな
いでしょ。残りの半分の方たちには、「ごめん
なさい」と平伏して帰っていただくしか
ありませんでした。でも、その時帰っていただいた
方たちの中にも、あとから「コンピューター
おばあちゃんの会」に入ってくれた方がいて。
いまでも、「あの時私、断られたのよね」って、
冗談交じりに恨み言を言われます(笑い)。
・・・40人に対して2台のパソコンでやった
のですか?
大川> ありがたいことに、地元の小売店が
ノートパソコンを15台貸してくださいました。
パソコンに詳しい友達に手伝ってもらいながら、
インターネットにつないでみんなで遊んだ
のですけど、皆さん、ノートパソコンなんて、
どうやって開けていいかもわからない方
ばかりなのね。だからまず、ふたを開けてみせる
でしょ。そうしたら、「へーえ、これが
パソコン。ふーん」って言ったと思ったら、
「パソコン」って柏手、打ってお辞儀して、ふたを
閉めちゃって。「仏壇じゃないんだから、
閉めちゃダメ」って具合です(笑い)。
ですから、帰りのエレベーターの中の
にぎやかなこと。「私にもパソコンができた」「イン
ターネットができたのよ」って、皆さん、
表情が10歳ぐらい若返っていましたね。
コンピューターの世界って、わけのわからない
カタカナ」言葉があふれているでしょ。高齢者は
置いてきぼりにされちゃうのよね。世の中から
置いていかれるほどつらいことってないん
ですよ。でもね、高齢者とパソコンがミスマッチ
なんて嘘。皆さん、パソコンがどんな
ものか知りたいし、触ってみたいと思って
いらっしゃるんですよ。
ただ、当時はまだ、パソコン一台が何十万円
もしたんですね。で、目を付けたのが、
リース期間の切れたパソコン。データを完全に
消去するためにも、リース切れのパソコンは
粉砕処分にするって言うじゃありませんか。
「それを何とか、おばあちゃんたちに
もらえませんか」とお願いしてみたら、「20台
ぐらいなら」ということで、いろんな書類にハンコ
をいっぱい押して、貰い受けることが
出来たんです。もらったパソコンは、年齢の
高い順に会員に配りました。
でも、その時になって初めて、「そうだ、
OS(パソコンを動かすために必要な基本ソフト)
は新しく入れなくちゃいけないんだった)と
気づきまして。OSだって、1000円や2000円で
買えるものじゃありませんから、思い切って
製造元のマイクロソフト社にお願いに行きました。
「パソコンを楽しみにしているおじいちゃん、
おばあちゃんが、これで元気に
生きています。ついては、OSをください」って。
アメリカの企業は社会貢献に積極的な風土が
あるのでしょうか、すぐに無償提供してくだ
さいましたよ。頂いたソフトを持って、
サポーターたちが会員のお宅を回って
それぞれのパソコンに入れて、
インターネットに
接続して、メールの設定もして、電源を入れれば
すぐに使える状態にして差し上げることができました。
3か月もすると、パソコンから、プリンターから、
スキャナーから、全部自前で買い替え
る会員が続出。操作にも慣れて、自信が
持てたんですね。時代は変わりましたよ。
今のおじいちゃん、おばあちゃんはね。孫に
「お小遣い上げよう」なんて言わないの。自分が
楽しむことが先。いつ死んでも未練がない
ように(笑い)。いいでしょう?
会のホームページをご覧になってみてください。
みなさん、本当にいろんなことをして
楽しんでいますよ。高齢者生経験が
あるから、遊び方が上手ですよ。新しいことを覚える
スピードは若い人にはかなわないけど、覚えた後
の応用編では負けません。だから、、昼間、
会員に電話しても出ない人が多くって。私は
”出たきり老人”とよんでいますけど(笑い)
みんなに見せるネタを探しに、デジタルカメラ
を片手に出かけてしまうんですよ。撮ってきた
写真を、「見てみて、こんなところに
行ってきたよ」って見せっこするんです。こういうことって、
仕事で忙しい現代世代には
できないよね。その点、高齢者は、”時間貴族”。
時間ならたっぷりありますからね。
☆おしゃべりは心の栄養源
・・・会員は約250人を上限にしていると
言うことなんですが。
大川> はい、そうさせていただいています。
というのも、この年になると、どなたも何かしら
重い荷物を背負いますのよね。病気やら
人間関係やら、いろんなこことで。あまり人数
が多くなると、そうした個人的な気持ち
を出しにくくなってしまいます。同年輩同士の
癒しあいを大事にしている会ですので、安心して
しゃべっりっこできることを大事にしたい
と思っています。
おしゃべりって、高齢者にとっての栄養、
酸素なんですよ。パソコンは難しいものと
思い込んでいる方が多いと思いますが、それは
誤解です。何も、若い人と同じようにパシャ
パシャとキーボードをたたく必要なんてないの。
一本指で「寒いね」「暑いね」ってメールが
打てれば十分じゃないですか。一本指だから、
「雨だれ」。私は「雨だれメール」という歌
まで作ってしまいました。
メールを作りましょう 雨だれメール
一本指でゆっくりと
ポッツンポッツン それがいい
ジイチャン バアチャンみな仲間
暑いね元気?私も元気
ちょっとおしゃべり楽しいね
いつでもOKうれしいね
って言う歌です。雨だれでも何でも、自分
の打ったメールにお返事が来れば、元気に
なるでしょ。歌詞は3番まであるので、会の
ホームページをご覧になってみてください。
・・・高齢者がパソコンを使っておしゃべり
ですか。世の中変わりましたね。
大川> パソコンをやっていると、若返ります
よ。慣れてしまえば、ものすごく楽しいし、
とっても楽。メールは出すのも読むのも、
24時間いつでも自分の都合次第。相手に
迷惑をかけることもありませんものね。
私ね、業界の方たちにぜひお願したい
事があるんです。「平成の仕事人」「平成の
遊び人」という名前でも付けて、ビジネス用の
ソフトとは別に、私たちのような「遊び人」
のための遊べるソフトを作ってください。
「遊び人」のほうは高齢者が買いますから。
私たち、決して技術的に「進んでいる」とか
ってことじゃないんです。でも、パソコンを
使ってにぎやかに、楽しくつながっていたい
なって思うのね。私もまだまだ、会員の皆さん
と一緒に元気に生きていきますよ。
(2011年4月15日放送)
備考:この記事はNHKサービスセンター ラジオ深夜便 よりお借りしました。