児玉清の読書は最高
大人の鼻をあかしたかったら、本を読もう ゲスト:東野圭吾さん
作家の見方よりは、読者の見方を優先
児玉> 東野さんの本は、読み出すと止まらなくなる。ストーリーテリングが
お上手なのと、タイトルがまた千変万化ですよね。「使命と魂のリミット」とか、
「容疑者Xの献身」「さまよう刃」とか。
東野> タイトルは大事なことの一つだと思っていますし、考えるのも好きですね。
読者は読むまでどんな作品かわかりませんから、なるべく「今回はこんな感じですよ」
と言うのが読者に伝わるようなニュアンスを、タイトルには込めるようにしています。
その意味では、あげていただいた作品は、自分でも非常に気に入っているものです。
児玉> 「使命と魂のリミット」なんて、副題としてはあるかもしれないけれど、
本題としては実に斬新。
東野> この作品の時も、どんなタイトルがいいだろうかと考えて、タイトルらしくなくても、
本の世界観を伝えるために必要なものを必要なだけ並べてみようと
思ったのがそれです。
児玉> そういう既成の枠をあえて乗り越えようとするのは、小説をお書きになる時も
同じですか?たとえば、到達点への伏線とか。
東野> 一番気にするのは、読者がここまで読んできたときに、どう思うか、
何を期待するかですね。もちろん、書き手として書いているわけですが、
いかに読者の立場で客観的に考えられるかを大事にしています。
児玉> 読み手として、そういうことをされているとは気づきませんでした。
東野> 特に計算が合ってそうするのではなくて、自分で読んでいて、
こんな感じだったら読者がドキッとしそうだなと思うとそうする。
作者の目ではなくて、読者の目を優先します。
児玉> 読み手としては、作者の仕掛けが読めて、その読み通りに
到達点へ行ったら、少しも面白くない。(笑)。東野さんは、作家と読み手として
戦いながら、その読みを外そうとされるわけですね?
東野> 読者がきっとこう考えるだろうから、こう外してやろうというのでは
ダメですね。自分が一読者として素直に読んでいて、「こうだったら、俺、驚くな」
と思いついた方を優先します。それが、最初にぼんやりと考えた設計図と
全く違うと、後で苦労することもありますが(笑)。
本を通して、大人の世界を垣間見た
児玉> 子供のころはたくさん本を読まれた方でしょう?
東野> いや、全く読まなかったんです。親からは「本を読め」と言われ、
姉二人も読書家で家にたくさんの本があったんですが、女の子と男のことでは
読みたい本が違っていて、姉たちが楽しく読んでいる本は少しも面白くない(笑)。
かといって、本屋にもいかなかった。
児玉> すると、東野さんの読書体験はいつごろですか?
東野> 高校の1年生になってからです。姉たちが読んでいたミステリーの中で、
江戸川乱歩賞受賞の「アルキメデスは手を汚さない」を手にして読んで、
「ああ、俺もやっと一冊読めたな」と思ったのが最初でした。その後は、姉の持っていた
松本清張さんなどのミステリー作品を片っ端から読破しました。
児玉> 読んでみると、やはり面白かった?
東野> 清張さんの「黒い画集」などを読むと、日本の世の中のことが書いてあり、
登場人物も自分の周りにいそうな奴らとか、ニュースで出てくる悪いことを
した奴らがほとんど。非常に身近に感じたのと、高校生ですから、そろそろ大人の
世界を知りたくてしょうがない。作品を読んで、「なるほど世の中の仕組みは
こうなっているのか」「偉いやつは裏でこんな悪いことをしているのか」
と知ると、親などに「大人ってこんな悪いことをしているだろう」と言いたくなりましたね(笑)。
児玉> どんなご両親でした?
東野> 家が時計や貴金属を扱う店で、親父はしょっちゅう時計を修理していました。
それで僕も機械いじりが好きになり、将来はエンジニアになりたくて、大学では
工学部へ行くと中学ですでに決めていましたね。ただ、姉たちよりも成績が悪かったので、
自分の行ける大学はこの大学が精いっぱいだと目標を定め、そこに入るためには
最低でもこの高校に入っておかなくてはと言う風に計算して、その通りに
実行してきたわけです。
児玉> わあ、すごいなあ。さすが理系ですね。」文系の僕だと、行き当たり
ばったりと言うか自滅的なところへ行ってしまう可能性がありますよ。
江戸川乱歩賞を目標に、5年連続の応募を目指す
児玉> 大学を卒業後は希望通りエンジニアになられたのに、
またどうして小説を書こうと?
東野> 実は、初めて小説を読んですぐに、真似事で書き始めたんですよ。
児玉> エッ、もうそのときに?
東野> 小さいころから、創作物に感銘を受けると自分でもできないかな
と思ってしまう癖があったようです。気に入った漫画やイラストを見ると
描いてみたくなるし、いとこがギターを始めたときも、自分で作詞作曲をしたくなる。
児玉> 芸術はすべて模倣だとも言われますものね。それで、小説も書いてみようと?
東野> 学校へ行き、クラブ活動をしながら、半年ぐらいかけてノートに原稿用紙で
200枚余り書きましたかね。
児玉> やはりミステリー?
東野> ええ。高校を舞台に、トリックなども盛り込んだ内容です。最後まで
完成させたかったのでかなり支離滅裂な内容になり、さすがに「これはひどい」
と誰にも見せずじまいでした。
児玉> いや、すごい!僕も高校時分に書いたことがありますが、アイディア倒れ
に終わって、結局完成させられなかった。
東野> 「これじゃいけない。もう少しましなものにしよう」と、すぐにまた書き始めたんです。
今度は、受験もあって、完成したのが大学2年でした。何度か途切れながらも、やはり
「最後まで完成させよう」と書き続けて、原稿用紙にして400枚ぐらい。最初の作品よりは
少しは出来がよかったかなと思います。
児玉> では、そのまま小説家を目指されたわけですか?
東野> いえ。2作書いてみて、自分の才能はこんなものだろうと見切りをつけて、
サラリーマンになりました。ただ、会社へ行くだけの人生は嫌だなと思い、家に
帰ってから何ができるかなと考えたら、小説なら一人でできるし前にも書いたことが
あるからと言うことで・・・。
児玉> 小説をお書きになった?
東野> ええ。ただ、今度は自己満足で終わるのではなくて、応募して
賞を狙おうと思い、江戸川乱歩賞を目標にしたのです。どうせ取れないだろうけれど、
5回は応募しようと決めて投稿したら、1作目が候補作品の1歩手前の評価をもらった。
児玉> それで、がぜん、やる気が出てきたわけですね。
東野> 乱歩賞を研究してみると、3年以上続けて応募している人はいないと分かり、
よし、5年連続出してやるぞと思っていたら、3年目の「放課後」で受賞できました。
児玉> それでプロになろうと思われたのですか?
東野> その「放課後」が10万部売れたんですよ。会社勤めをしながら、3年連続で応募
作品を書き上げていたので、会社を辞めたら、1年に3冊は書けるだろう。
受賞作の10分の1の人が買ってくれたら、サラリーマン時代の年収とあまり変わらない。
児玉> (笑)で、シュミレーション通りでした?
東野> がっかりするくらいその通りでした(笑)。
児玉> 最後に、本を読まない子供にアドバイスをお願いします。
東野> 僕もそうでしたが、「大人の鼻をあかしたかったら、
本を読め」(笑)と言いたいですね。
児玉> いや、実にいい。僕も使わせてもらおう。
今日はありがとうございました。
備考:この内容は、PHP 平成19年10月号より、お借りしました。