太陽 2 | Q太郎のブログ

Q太郎のブログ

パクリもあるけど、多岐にわたって、いい情報もあるので、ぜひ読んでね♥
さかのぼっても読んでみてね♥♥


 地下鉄で5駅ほど移動する。薄暗い改札を抜けて長いエスカレーターで地上に出ると、才加は地下鉄マーク

ホッ!と息を吐いた。ひどい暗所恐怖症なのだ。そうなった原因は祖母の優子にある。才加が

まだ幼いうちは、初孫見たさと娘の手伝いを兼ねて優子がよく家に遊びに来た。そのまま家

泊まっていくことも多かった。夜、才加をベッドに入れると、優子は待ちかねたように「お話」を

はじめたものだ。優子の「お話」は昔話でもおとぎ話でもなくて、自分の敦子の話だった。ベッド

 優子の辞書に「親ばか」という単語は存在しないらしい。敦子がどんな愛らしい子供だったか、

どんな素敵な娘に成長していったか、何度も何度も才加に話して聞かせたものだ。赤ちゃん





 特に全盲の敦子がどれほど努力をしてやりたいことを実現してきたか、のくだりは力が虹

こもった。敦子の優秀さをほめるあまり、敦子が生きる「見えない世界」を少しオーバー

に描写しすぎたことに、優子はたぶん今でも気づいてないだろう。その結果、才加が暗闇に

異様な恐怖を抱くようになったことも知らないはずだ。まったりネコ






 昔からある私立病院はひんやりとして消毒剤の匂いが漂っていた。緑色のタイルの床が足音

をやけに響かせる。車イスも楽に乗れる大きなエレベーターは昇降に時間がかかった。エレベーター

 エレベーターを3階で降り、敦子に付いて廊下を進む。教室のように並ぶ病室の一番奥の

ドアの前で敦子は立ち止まると、音を立てずにドアを開けた。慣れた手つきだった。

「手前のベッド。どう?寝てる?」ベッド**

 敦子にささやかれ、才加はおそるおそる病室に足を踏み入れる。ベッドの足が3セット並んで

見えた。3人部屋らしい。どのベッドも天井からつるされた可動式のカーテンに覆われて

いて、寝ている人の様子はわからない。カーテン

「手前ね?」と

敦子に確認してから、才加はカーテンのはじをそっとめくって覗く。あっ、とパンジー

声が出そうになった。2か月前に見舞いに来た時とはまるで別人の、優子の姿がそこにあった

からだ。髪が薄くなり、頬がげっそりこけ、額に大きなシミができていた。優子の病の大きさ

と根深さを改めて思い知らされた気がする。

 才加は布団の山が一定のリズムで上下していることを確認し、カーテンを閉めた。

「寝てた」

「そっか。じゃ、今のうちに買い出しを頼める?1階の売店でティッシュと・・・」shop

 あまりにも軽くて明るい敦子の反応に、才加はもどかしさを覚えた。

 お母さん。おばあちゃんの具合悪そうだよ?わかってる?

 ティッシュ、石鹸、お茶のペットボトル、ミニパックの牛乳、ヨーグルト・・・敦子にペットボトル

頼まれた品を買い物かごに入れた後、自分が食べたいアイスクリームも3人分放り込む。ソフトクリム

 その帰り、広い病院の中で迷ってしまった。行きは通らなかった中庭沿いの渡り廊下を通り、

ついに雨が降り出したことを知る。中庭の芝をポツポツと遠慮がちに降りだしていた雨は、才加

が階段で3階まで上がっている間に激しさを増していた。雨




 せわしなく窓を打ちつける雨音を聞きながらようやく優子のいる病室まで戻ってくると、嗚咽が

聞こえてきて驚く。才加がドアを開けっぱなしで出たことに敦子は気づかなかったどこでもドア

ようだ。50cmほど開けた隙間からこっそりのぞくと、眠る優子のほほをなでながら泣いている

敦子が見えた。才加が敦子の泣き顔を見るのはこれが初めてだ。自分の父親が亡くなった

時ですら…少なくとも才加の前では…涙を見せなかった。三女A

 その敦子が子供のように肩をしゃくりあげて泣いている。才加は見てはいけないものを

見た気がして、その場で息を止めた。娘にみられていることに気づかない敦子は、優子のほほ

から鼻筋、おでこ、輪郭、あご、腕、と全身をいつくしむように触れていく。荒れた唇にそっと指を

置いたとき、優子の口が動き、しわがれた声がした。三女A

「あつ・・・こ・・・?」

薄く開いた優子の目は夢の続きを見るようにさまよっていたが、敦子の涙に気づいた。

とたん視点が定まった。優子は筋ばった手で敦子の手首をつかみ、自分のほほに触れさせる。

「敦子。ここにいるよ。お母さん、ここにいるよ。笑ってるよ。ね?」おかあさん

 確かに優子は顔中シワだらけにして笑っていた。途中、何度か苦しそうにむせ返ったが、

それでもその顔から笑みが消えることはなかった。

「お母さんの匂い、好きだよ…優しいにおい。強いにおい。大好き」あたし

 敦子が小さな声を震わせてつぶやく。ろうそくの細い炎を風から守るような手つきで、

優子の両頬をそっと抑えた。

「この世界からお母さんの匂いが消えちゃったら…私はどうすればいいの?」

 才加は傷気づかぬうちに前に出すぎていたらしい。敦子の背中に腕を回し、あやすように背中

ポンポンと叩いていた優子とばっちり目が合ってしまう。才加があわてて言い訳を口にしよう

とすると、優子は微笑んだまま人差し指を唇に当てた。そして敦子に顔を向ける。

「今日は一人で来たの?」電車

 すると敦子は バネ仕掛けのように背筋を伸ばした。あわてて涙をぬぐっている。

「そうだ。今日は才加と来たんだった…。今、売店に買い物に行ってもらってるの」

 ちょっと顔洗ってくるわ、と走り出る敦子にぶつからないよう、才加は飛び退く。間一髪

だったが、敦子は気づかなかった。激しい雨音と、焦りで注意をそがれ、自慢の嗅覚が

鈍っていたようだ。mountain*






優子が寝たまま手招きする。才加がベッドの脇に立つと、からかうように言った。

「才加ちゃん、驚いた顔してる」びっくり

「それは・・・」と才加は口籠りながらも素直に答えた。

「お母さんが泣くなんて、私の前じゃ絶対ありえないから」

「おばあちゃんは、あなたのお母さんのお母さんだからね。子供はいくつになっても、

お母さんの前では泣く権利があるのよ」次女A

 優子は誇らしげに笑い、せき込んだ。才加は優子に横を向いてもらい、背中をさする。

「おばあちゃん…具合どう?」

「手術が成功すればよくなるわ、きっと」病院

 優子は薄くなった背中を丸めて息をついた。「手術が失敗したら?」とはとても聞けない。

 咳の収まった優子は再び仰向けになると、才加を見上げた。点滴

「才加ちゃんは、お母さんの前で泣かないそうだね」

 しずかに問いかけられ、才加は返事に困る。優子は構わず続けた。

「お母さんは(私が頼りないからよ)っていうんだけど、そうなの?」点滴

 いきなり核心に切り込む質問だ。優子の目は才加をとらえて離さない。細く小さな体から

何もかも見通すような眼力を発していた。わが子との関係に悩む敦子のために弱った体力を

振り絞っている。おばあちゃんはお母さんなんだな、と才加は改めて思う。すると、

長いことのどにつっかえていた言葉が転がり込んできた。次女B

「お母さんは・・・(やりたいことをやらなきゃ嘘)ってよくいうの。わたしに(やりたいことを

やりなさい!)って。(自分もそうしてきたから)って。でも、できないよ」

 鼻の奥が熱くて痛い。懸命の結んだ唇が震える。ごめんね、お母さん。「ごめんね」って

いつも思っているだけでごめんね。敦子の前で口にできない言葉の代わりに涙がこぼれた。次女A

「私はいつだってお母さんのことを誇りに思いたい。お母さんが不憫な思いをしたときは

助けてあげたい。でも、できないの」

 温かいものが指先に触れた。優子が手を伸ばし、才加の指を握ってきたのだ。手

「才加ちゃんは、優しい子ね」

 優子に笑いかけられ、才加は強くかぶりを振る。

「どこがっ?私、毎日思ってるんだよ。どうして私は全盲者の子供に生まれて

来ちゃったんだろうって・・・お母さんが友達のお母さんたちみたいに普通ならこんな思いを

しなくて済んだのにって・・・最低だよ」三女A

 優子は微笑んだまま目をつぶり、「普通か」と独り言のようにつぶやく。そしてゆっくり

目を開くと、おごそかに言った。ひまわり

「才加ちゃんの名前、「才能」を「加える」って書くでしょう?お母さんが考えたのよ。わが子が

才能豊かに加えて育っていってほしいと願ってつけたの。わが子の笑顔を消さないよう

にって親の決意表明でもあるわね」

 才加が「でも」と言いかけるのを目で制し、優子は続ける。ハイビスカス

「忘れないで。才加ちゃん、あなたは敦子の子供なの。親じゃない。親に必要以上のフォ

ローも心配もいらないのよ。お母さん、才加ちゃんが思っているよりずーっと強いと思うな。

見くびらないであげてよ。お母さんを信じて、時には頼ってあげてちょうだい」涙

 お願いします、と最後は優子が才加の手を握ったまま頭を下げた。目の見えない娘が文字通り

手探りで歩いてゆく道を、本当はどこまでも見届けたいに違いない。でも、それができない

から、優子は才加に頭を下げている。自分の匂いが消えた後の世界に、敦子が子供に三女A

戻れる場所はもうないからこそ、娘の才加に敦子を母として必要としてほしいと願っていた。

 敦子とはまた違った感触の祖母の手を才加は握り返す。手

 この手を握って、この手に守られて、お母さんは育ってきたんだな、とふと思う。

頭を洗ったついでに化粧まで直してきた敦子と優子と3人でアイスクリームを食べて病室

を出た。窓に当たる雨はますます強さを増していた。雨

「カミナリが鳴ってる」カミナリ

 敦子が才加の五歩斜め前を歩きながら独り言のようにつぶやく。

「5月の夕立。異常気象だ」

 才加もまた独り言のように口の中で転がす。才加の足は依然として敦子との五歩分の距離

を狭められずにいた。長靴



 3階からエレベーターに乗り込むとすぐ、大きな音がした。あ、と思う間もなくゆっくりエレベーター

下降していたエレベーターが停止する。照明も落ち、エレベーターの中は暗闇に閉ざされた。闇

 才加の全身から汗が噴き出す。毛穴からありとあらゆる恐怖がしみ込んでくるようだった。

「あら、ひょっとして停電?カミナリが近くに落ちたんだね!きっと」雷

 敦子ののんきな言葉が、才加の気に障る。

「信じられない。真っ暗だよ!エレベーターの中、何も見えない!復旧はいつ!?」

 情けないほど声が裏返ってしまった。震える腕を伸ばし、手探りで非常ボタンを探す。ボタン(赤)

しかし、車イスも乗り込めるエレベーターの中は広かった。恐怖で方向感覚を失っていることも

あり、才加の手は虚しく宙を切ってばかりだ。敦子の心配そうな声がした。

「才加、何を探しているの?」SAYU??

「ボタン!あの、緊急時に押すやつだよ。お母さんは座っていて。危ないから」

 なおも右往左往してやみくもに手を振り回していると、ゴキッ!と鈍い音がした。

「痛いっ」

 勢い余ってエレベーターの壁で突き指しそうになったのだ。お兄さん指

「才加」「?」

「なんでもない。いいから、お母さんは座って」

 ふわっと手を握られ、才加の言葉が途切れる。敦子の手だ、とすぐに分かった。

「だいじょうぶよ」と耳元で力強く声がする。「お母さんがついているから、だいじょうぶ」お母さん

敦子に握られた手がジンジン熱を帯びてくる。突き指しかけた指が痛いのか、敦子の

言葉が心にしみたのか、わからない。でも、わかったこともある。それは、

 今までも、そしてこれからも、私がお母さんに守られているってこと。お母さんといっしょ

「才加?だいじょうぶ?なにがあぶないの?」

 中学のスロープで敦子の言葉と情景がよみがえる。敦子の腕にサッカーボールがサッカーボール

当たってしまったのは、とっさに才加のほうへと手を伸ばしたからだ。自分の身よりもまず

子供の無事を確認してくれたのだ。真っ暗な世界で「アブナイ」と言われながら手を伸ばし足を

進めることがどれだけの恐怖を伴うか、今の才加にはよくわかっていた。くらやみまん

 そうだ。私のお母さんは、子供を愛し、守ってくれる普通のお母さんだ。やさしくて

強い、普通のお母さんだ。ママ

「お母さん・・・助けて」才加は小さな声で言った。

 闇の中で空気が揺れる。あ、お母さんが笑った、と才加にもわかった。

「任せといて!真っ暗に慣れてるの」

 その言葉通り敦子は暗闇の中で迷うことなく、すぐさま非常ボタンを探し出してくれた。ボタン





 30分後、停電は復旧し、才加と敦子は駆けつけたエレベーター会社の人によって救出

された。病院の外に出ると雨は止み、ねずみ色だった雲が見事な茜色に変わっている。夕焼け

「夕焼けだ」

 才加がつぶやくと、敦子は空を仰ぎ鼻をひくつかせた。そして笑顔になる。太陽・希空(パパ大好き)

「きれいなにおい」

 そのままいつものように五歩前へ出ようとする敦子を、才加が「お母さん」と呼び止めた。

「わたし・・・やっぱり東栄学園に行ってもいいかな?やりたいんだ、ブラスバンド部」トランペット

 才加の自信なさげに丸まった背中を、敦子がポンポンと叩いてくれる。

「いいに決まってる!人生、やりたいことをやらなきゃ嘘よ」キトリ

 いつもの口癖を言って笑う敦子の顔が輝いて見えた。敦子が才加に期待する「才能を加える」

ってどうなんだろう?そんな疑問が湧いてくる。才加は敦子に尋ねた。

「ねえ。どうやったら、お母さんみたいに笑えるの?」

 太陽みたいなその笑顔はどこから来るのかな?次女

「足りないものを数えたりせず、今あるものから感謝しながら歩く」

 敦子は暗唱するかのようにすらすらと答えてくれた。いたずらっぽく笑って付け加える。

「おばあちゃんの受け売りだけど、やってみる価値はあると思うよ」

「そうだな」と才加はうなずき、敦子の隣に並んだ。親から子へ、受け継がれていく想いと親子(ママ&女の子)

言葉がある。




 どちらからともなくつないだ母娘の手を、夕焼けがまっすぐ照らしていた。夕焼け






おわり



注意:この内容は、リンダブックス編集部 名取佐和子 著 99のなみだ 心 よりお借りしました。