15世紀頃から世界の諸地域は,新航路を開拓した西ヨーロッパ諸国の進出によって結びつけられるようになりました。そして16世紀は,まさに地球的な規模で近代の幕開けを告げる大転換の時代といえます。
先頭を切ったのは,早くから大西洋に進出したポルトガルでした。15世紀前半,【エンリケ航海王子】が,インド航路の開拓をめざして,アフリカ西沿岸の探検を王室の本格的事業として行った。まず大西洋の島々に植民して牧畜と砂糖きびの生産が行われ,続いてアフリカ西岸に航海と商業の拠点が築かれた。
航海事業は国王【ジョアン2世】の時に活発になり,彼の援助のもと,【1488】年に【バルトロメウ=ディアス】がアフリカ南端の【喜望峰】に達した。ついで国王【マヌエル1世】の命を受けた【ヴァスコ=ダ=ガマ】は,喜望峰を回り,海岸沿いに進んで,【マリンディ】に入港した。そこでムスリムの水先案内人【イブン=マージド】の助力を得てインド洋を横切り,【1498】年にインドのカリカットに達した。
ポルトガルの成功に刺激されたスペインは,【1492】年に,【ジェノヴァ】出身のコロンブス(コロン)の一行を大西洋に送り出した。彼は,当時広まっていたフィレンツェ【】の天文学者【トスカネリ】らによる地球球体説の影響を受け,大西洋を西に航海した方が早くインディアス(インド)やジパングに達すると信じて,スペインの【イサベル女王】の支援のもと,【パロス】港を出帆し,カリブ海にある現在の【サン=サルバドル】島に到達した。
彼は,あわせて4回の航海を行ったが,終生そこがインディアスであると信じて疑わなかった。その後,ここが当時のヨーロッパにとって未知の新世界であることがわかり,この新大陸を広くヨーロッパに紹介したフィレンツェ生まれの【アメリゴ=ヴェスプッチ】の名にちなんで,アメリカと名付けられた。またスペイン人【バルボア】も1513年に【パナマ地峡】を横断して,太平洋を発見した。
他のヨーロッパ諸国も,両国の動きを傍観していたわけではなかった。フランスでは,国王【フランソワ1世】が,フランス人ジャック=カルティエを派遣して現在の【カナダ】を探検させた。イギリスでは,国王【ヘンリ7世】の支援のもとイタリア人の【カボット】が,ニューファンドランドと北アメリカ沿岸を探検した。しかし,それらはまだ継続的な植民や貿易とは結びつかず,さしあたりポルトガルとスペインがヨーロッパ勢力進出の主導権を握っていた。
そしてポルトガル人【マゼラン(マガリャンイシュ)】は,【1519】年に船隊を率いて出帆した。一行は,大西洋を南下し,南アメリカ南端の海峡を経て太平洋を横断し,1521年【フィリピン諸島】に上陸した。
さらに一行は住民を服従させようとしたが失敗し,マゼランは住民との交戦中に殺された。マゼラン死後は部下が航海を引き継ぎ,そのまま【モルッカ諸島】に向かい,そこで香料を積荷したのち,スペインに直行した。そして【1522】年に生存者たちは世界一周を達成した。