北部ネーデルラント(現在のオランダ)には【ハンザ都市】があり、領主階級から独立を果たした都市市民が政治や経済を担っています。一方、南部ネーデルラントでは【】領主が支配している【農村】で【毛織物工業】が発達していました。南部を【フランドル】地方ともいい、現在の【】ベルギーに当たります。
北部ネーデルラントでは毛織物工業は発達しませんでした。その理由は、中世都市には【ギルド規制】があり、新しい産業が生まれにくい環境にあったためと説明できます。農村にはギルドはありませんから、農村部のフランドル地方で新しい「工業(【農村マニュファクチュア】)」がヨーロッパで始めて成立したのです。
しかし、【1517】年に【ルター】の宗教改革が始まり、カトリックと新教との対立激しくなると、ネーデルラントもこの対立に巻き込まれていきました。もともと領主階級は【カトリック】です。したがってフランドル地方の支配者はカトリックということになります。しかし、北部のハンザ都市の商人たちやフランドル地方の毛織物業者たちは、貯蓄や経済活動を奨励してくれる【カルヴァン派】(彼らは乞食という意味の【ゴイセン】と呼ばれていた)に改宗しました。したがって、カトリックと新教の宗教対立が激化すると、フランドル地方の領主階級はカルヴァン派の毛織物工業者を弾圧するようになり、さらに、【1556】年に【フェリペ2世】がスペイ王に即位すると、その傾向は強まっていきました。もともとネーデルラントは神聖ローマ帝国領だったのですが、経済的結びつきがスペインと強かったため、スペインとはかなり離れた場所にありながら、【スペイン】領とされたわけです。このような弾圧が激しさを増した結果、南北のネーデルラントに居たカルヴァン派の人々は、弾圧に耐えかねて独立戦争を始めました。