黄河文明は黄河中流域の湧き水を利用して、【粟】などの雑穀を育て収穫していました。時期は紀元前5000年ころです。彼らは【磨製】石器を使用し、【犬や豚】を飼育していました。普段使いには【灰陶】という土器を使っていました。また、儀式などの重要な行事には【彩文土器】を使っていたと考えられています。1924年スェーデン人の【アンダーソン】が【河南】省の【仰韶】村で発見したので、【仰韶】文化といいます。これは【ヤンシャオ】文化とも読むことができます。同じ時期の文化が【陝西】省【半坡】村でも発見されています。
 少し時代が下がると、黄河文明は黄河下流域の【山東】省周辺にまで広がっていきました。紀元前3000年ころの遺跡が【城子崖】で発見されています。灰陶で作られた足が3本ついている【三足土器】が多く見られ、灰陶よりも高度な技術で作られている【黒陶】も使用されていました。ころころになると【牛や馬】の家畜化も行われていたことが解っています。また、人々は【邑】という都市国家を作っていました。