なおの墓が桃山御陵に似せてあることを口実にして大本教は弾圧された。
昭和十年の第二次弾圧の際、柩が掘りおこされ、うち捨てられた。

 この世界が悪の世となってしまったために、善悪価値が転倒して艮の金神(うしとらのこんじん)が祟り神とされ、この世界の支配権を奪った悪神たちが、善神の名を僭称した。
この転倒を再転させるべく、艮の金神が、ふたたび世界を支配するようになる。

 正しさを一方的に要求する神は、正義について思い上がっている神であって愛の神ではない。
艮の金神の苦難は、絶対的な神から、愛に満ちた救済神に生まれ変わるためである。

 病気なおしは、なおの神を知るためのきっかけにすぎない。

 「おかげ」をいただくことを教義の金光教、病人をさがしだして、病気なおしの奇跡をおこなう天理教などとも異なっている。

 なおが必死に重ねてきた努力が、既成の秩序や価値から無意味で無価値なものとして遺棄されてしまった。
今度はなおが、自分の苦難に満ちた努力には本当は深い意味があるのではないか。
無意味で無価値なのは、既成の秩序や価値ではないか。

 日本社会が、金銀の世、われよしの世、けものの世だと捉えた。

 天皇や国家権力は、悪の世をもたらした責任者として糾弾されるべき。

 地上に清浄な場所がないとすれば、神は隠れている。

 理想世界は、素朴で純粋でなければならない。
金銀の支配しない五穀中心の世界、学問や知識が幅を効かせない社会である。

 神がかりの契機は、よねとひさの発狂だった。

 金光教の布教師は、ひさを祈祷した。

 低級な悪霊がつくことが狂気であり、正しい霊がつくことが神がかり。

 なおが紙屑買いをしていたのも、捨てられていた紙(神)を拾いあげる神業だった。

 出口なおは、天保七年に生まれ、大正七年に死んだ。
天保七年が天保飢饉の年であり、大正七年が米騒動。

 天保飢饉では、一揆や打ち壊しが激増し、大塩の乱がおこった。

 なおは十一人を生み、三男五女を育てた。

 民衆宗教の教祖たちは、例外なく苦労人であり、主婦や壻として厳しい抑制をもとめられた人が多かった。

 明治のはじめ頃、仲人をあいだにたてて、親が一方的に取り決める婚姻は一般的なものではなく、もっと自由な性関係や婚姻が一般的だった。