こんばんわー!

では、さっそく前回の続き・・・。



川昌で仕事をし始めた私が最初にやった仕事。それは・・・

なんだっけな?忘れちゃったなw

でも記憶をたどっていくと印象に残ってるのは鍋磨きですね!
鍋というのは最初ピッカピカですよね?ですが鍋を使用していると最初ピッカピカだった鍋がだんだんと曇ってきたりススで黒ずんでしまうんです!そうなるとどうなるか。
熱伝導率が落ちるんです。それにピッカピカの鍋で料理をしたほうが気持ちもいいですしね!
そうならないように鍋磨きという作業があるんです。

では、どうやって曇ったり黒くなった鍋を新品のようにピカピカにするか。
まずクレンザーとたわしを使い鍋全体を洗います。このときに黒ずんだ箇所を綺麗に落とします。
クレンザーを使うと荒い紙やすりで表面を擦ったような状態になります。クレンザーがけをし終わると細かい傷がつくので鍋全体の光沢が消えますwその後、スチールウールでできたボンスターというもので中性洗剤と水を使い鍋全体を磨き上げるのです!
これが結構ハードな仕事なんですよw夏なら間違いなく汗だくです!ダイエットにもってこいですw


最初は掃除から始まり器出しなどで、当たり前ですけど料理はさせてもらえません。ただ唯一料理をさせてもらえる時。それは『まかない』でした。

皆さん、まかない作りをバカにしてませんか?
まかない作りってすっごい勉強になるんですよ!まかない作りを通しての料理の基礎がつくのです!
包丁の使い方。砂糖とみりんの使い方。調味料の入れる順番。火加減。塩の効果。あく抜き方法etc..
ほんと数えきれないほどまかないによって習得しました!



そして月日は流れ・・・
やっと川昌の料理を手伝えるようになりました。

そして今ではコース料理の組み立てから新商品の開発なども全てやらさせてもらっています!(だいぶ話はしょりましたねw)


川昌で働かせてもらって早9年。
いろいろな事がありました。
最初私の頭は職人気質の塊でしたが今では経営者としての頭にしてもらったのも川昌でした!
決して職人気質がダメなわけではないです。しかし私は将来自分の店をもち経営者となっていかなくてはならないからです。



今の私があるのは決して自分の力だけではなかった。
今まで出会った方が私を育ててくれたんですね!本当に感謝しています。
自分の店では今後それを活かし、来てくださったお客様に喜んでいただけるよう精一杯頑張っていこうと思います!そしてお客様からも私を育ててもらいビッグな男になれるように頑張っていきたいと思います!

こんにちは。王子です!ずいぶん久しぶりなブログになってしまったw


前回は・・・
どこまで書いたっけかな?w
あー問屋さんでの仕事でしたねwww


問屋で働かせてもらったあと私はついにウナギ屋さんで働かせていただくことになりました。
どこのウナギ屋さんかというと埼玉県松伏町にある『うなぎ料理専門店 川昌 』というお店。


この川昌との出会いは問屋を辞める2年ほど前でした。
問屋での仕事内容の中に営業があり、私はこの川昌さんに営業に行っていました。

この川昌というお店はちょっとそこらへんにあるウナギ屋さんとは一味も二味も違う店です。
なぜかと?それは鰻は蒲焼!といった固定概念が全くありませんwその証拠に川昌にあるメニューは登録商標をとっている『うなさし(うなぎの刺身)』をはじめ数多くの鰻創作料理があるのです!

皆さん『うなさし』ご存じですか?wもしかしたらテレビなどで観たことがある人がいるかと思います。
そもそも鰻の血にはイクシオトキシンという毒素が含まれます。
イクシオトキシンをググると
『口に入ると下痢、吐き気などの中毒症状を、目に入ると結膜炎を引き起こす。また傷口に入ると炎症を起こす。大量に食べると死亡することもあるが、タンパク質であるため、60.5℃程度の加熱で失活する。ウナギを刺身では食べず、専ら蒲焼の形で食されるのはこのためである。』
と記載されています。
おーw怖いですねw

そんな理由から鰻は生はタブーとして扱われてきました。しかし川昌は鰻からその毒素を完全に抜き取ることに成功し、登録商標でもある『うなさし』を開発しました。それをきっかけに数々のうなぎ料理がテレビで取り上げられるようになりました。


ではなぜ川昌にはそんなメニューができるのか・・・。
そして一般的なウナギ屋さんが思いつかない料理が開発できるのか・・・。

それは息子のヒロシさんにあったんです!
ヒロシさんはもともと日本料理の修行を16年ほどした後、父親の後を継いでこの業界に踏み入ったのです。
ですから今まで培ってきた知識や技術を駆使し、鰻を1つの食材として考え、色々な角度からアプローチができる!
それが川昌のメニューの秘密なんでしょう。


話が少しずれたかもしれませんねw
それが川昌。ヒロシさんとの出会いでした。



ずいぶん話が長くなってしまいましたねw
仕事内容などは次回にしときましょうw

それではアディオス!
こんばんわ。王子です!
今日のブログネタは問屋時代のことを書きたいと思います。


高校卒業後すぐに問屋に就職させてもらったのですが、本当に大変でした!今でも夢に出てきますからねw

問屋の仕事内容というのは各鰻屋さんから注文をもらい、配達するという仕事。
お客様からの注文というのは丸(活鰻)、割き、串打ち、白焼き、とこの4種類なのですが、何せ各鰻屋さんの仕込み時間よりも早く配達しなくてはならないので朝3時には出勤します。出勤したらまず空輸で仕入れた鰻を立場に立てる作業から入ります。鰻を立てる作業というは、ザルに約5キロほどの鰻を入れ、それを縦に重ね、上から水を落とし鰻を生かす作業です。空輸で来る鰻は一袋に鰻が20キロと水が入っており、だいたい25キロから30キロ近くあります。それを頭の高さまでザルを重ねていくので即汗びっしょりになりますw夏近くになると空輸でくる鰻が2トンほどになるので朝からめげそうになりますw

立て作業が終わったら注文へと取り掛かります。まず丸(活鰻)の注文です。鰻のサイズはPとして記されます。もがみで扱っているサイズは3~6Pが主流でした。5Pというサイズは鰻5匹で1キロになる大きさという意味です。すなわち一匹200グラムということです。5P10キロという注文であれば、鰻5匹で1キロ・・・そう、200グラムの鰻を50匹って注文です。
この鰻の大きさ仕分ける仕事を選別といいます。最初は難しいですが、慣れてくると鰻を持った時の太さや長さで瞬時に何グラムの鰻なのかがだいたい分かってきます。それと同時に油がのった柔らかい良い鰻なのか、締まって硬くなった油ののっていない鰻なのかも分かるようになります。

次の作業は加工です。加工の仕事というのは鰻を割き、串を打たずにお客様に収める『割きっぱなし』、串打ちまでをして収める『串打ち』、串を打ち焼きまで入れる『白焼き』と分類されていました。
割きっぱなしの作業は、鰻を開き肝を取り骨を取りヒレを引く。串打ち作業はそこから半分に切り鰻の大きさが全て均等になるようにグラムを図ってから串打ちにします。5P(200グラム)の鰻を割くと頭や骨を落としますので活鰻時よりもグラムが約2割少なくなります。なので一串160グラムになるように調整します。

こういった作業を時間までに仕上げなければならないのです。


そして、毎年恒例の土用丑の日です。もう死にもの狂いですw特に丑の日の一週間前からの追い込みは壮絶です。寝る暇ありませんw私は鰻割きのほうの仕事を主としてやっていました。一日どのくらい鰻を割くのかというと300キロです。匹数にして約1500匹です。
疲労が蓄積し、睡魔に襲われ、時間に追われ、やってもやっても先がなかなか見えない仕事量。手は鰻の血や油で荒れて傷だらけ、おまけに毎日腱鞘炎で手が握れなくなるほどでした。
しかし、あの壮絶な体験があったからこそ今の鰻割きの技術があるのです!


問屋の仕事に就いて、社長と出会い、先輩と出会い、後輩達と出会い・・・たくさんのことを学びました。とくに社長には一流旅館から一流料亭までたくさん連れて行ってもらったおかげで、一流とは何なのか。技術だけでなく言葉や行動では教えられないことまで教えていただきました。



大まかにざっと書いたつもりでしたが結構長くなっちゃいましたねwほんとはもっと書きたいこといっぱいあるんですが途方もなく長くなりそうなんで止めときますw

これが問屋時代の6年間です。
次回は問屋を辞め、鰻屋さんに就職したときの話をします。ではノシ