真似てもいいからまず一歩 -2ページ目

起きたら日が傾いていてどうしよう

寝すぎて頭痛がした。朝5時に寝て昼3時に起きる生活を週5でしていたらそれは立派なNEETだと思う。明日は日が落ちる前には起きよう。


久しぶりのMK5。5とかいって5人集まったのって極めて少ないんだけど。本日の出席者:私、みきてぃ、なりえ。なりえが美しくなっていた。みきてぃは・・・携帯にエルモがついていた。いつものサイゼで1年前とは全く違う話題で盛り上がる。もうすぐ私は22歳になる。去年の今頃はまだハタチだったなんて、なんだか信じられない気分。


帰りにみきてぃとふたりでビレバンに寄る。『THE3名様』と南Q太の単行本を購入。Q太のんは前に読んだ事がある話が混じってた。いつも出てくる女の子の冷めてる感じが好きだなぁと思う。なんだかほっとする。3名様のほうはまだ1巻の途中までしか読んでないけど、ゆるすぎる。いい意味で。


みきてぃもなりえも今月末からイタリアらしい。私はパリ。みんな卒業旅行に旅立っていくなぁ。なんだかなぁ。スペインの話題になって、PBで離脱したときに泊まったユースのおじさんがバックパッカーにおいなりさんを食べさせてたらしいよって話をしたら、みきてぃから、「スペインって“あげ”あるの?」っていうイカしたつっこみをいれられた。

こんな文がかければすてきやの

Nobody knows what's going to happen tomorrow. 明日は何が起こるかわからない。 (あぁ…結局何が言いたいのかわからなくなってしまった…) (取りあえず明日は、近代美術館に「ドイツ写真の現在」を観に行こう) (晴れるといいな) (でも、雨でもいいよ) 人とたくさん喋った日は、気持ちを静かにするのに時間がかかる。昂揚すると、自分がどこかにいってしまうようでどうにも心もとない。本を読んでも、音楽を聴いても、埋められないものがある。話したい人と、話したいことを、時間が許す限り話す。そして一人に戻ってゆっくりと自分を落ち着けて、またそれぞれの日常に戻っていく…そんなふうにして、分かち合いと孤独の間を行ったり来たりの繰り返し。 今日はよく喋った。またいつの間にやら人と話していなかったんだなと気付いた。私はこんなふうに、たまの休みに友人たちと同じ時間を過ごして笑っただけで、頭も胸もお腹も、いっぱいになってしまう。好きな人を相手にしたときは、きっとその夜眠れなくなってしまうだろう。こんなことが、彼女や彼の日常なのかと、一人の私はふと想像して、とても私には対応しきれないことだと思う。 幸せってはらはらしている。 人の、埋めきれないものはなんだろうか。 先の話と矛盾するようだが、話したい人と話をしていても、埋められないものを感じて歯がゆくなるときが、確かにある。これじゃ足りない、まだ足りない、何かが違うと、もどかしい。 孤独とは違う。いま隣にいる、自分とは違う一人の人間との、この見えない距離を、隙き間なく埋めてしまいたい、と、強く思うときがごくたまにあるのだ。そんな時は大抵男女の区別なく相手に恋をしている状態にあるのだけれど、その場合のもどかしさは話をしていても一向に解決はされない。むしろ、話せば話すほど、フラストレーションは募る。 相変わらず、友情と愛情の違いはわからない。ライクとラブの違い、実感としてわからない。けれども一つ気付いたのは、話したいことや話すべきことが、二人の間になくても、一緒にいられるというのはこの上なく幸せなことで、何の目的もなく会ったり電話をしたりだのに労力を費やすといった、一見するとあまりに非合理的な行為を実現させられる関係って、すごいな、と。そういう実際の「行動」がやさしさであり愛であり、相手を好きだという気持ちそのものなのだと思う。ただ、会いたいという理由で会う。声が聴きたくなったと言って声を聴く。ただ一緒にいるために、一緒にいる。目を見れば笑っているのがわかる。発する言葉なんてなんでもいい。はたと気付いて初めて、埋めきれないものの存在を、それまでの自分が忘れてしまっていたことを発見する。 …友達には、なかなかむずかしくて、私には好きな人にもそれはなかなか望めない。いいなぁ…って、心から思う。友情と愛情の違いってきっとそこらへん。

ラッキーアイテムはいわしのフライ、の日

とほほな日。めざましテレビの占いでみずがめ座は12位。いわしのフライは得意ではありません。

内定手続きをしに名古屋へ行く。久しぶりに寺田さんに会う。別室でもうひとりの新しい女性の人事の人を紹介されて、プチ内定式をしてもらう。で、ここから。いきなり寺田さんから、「決意表明やって」といわれて、とっさの事に何にも言葉が浮かばず、たどたどしいにもほどがあるスピーチをした。穴があったら入ってしまいたかった。寺田さんの笑ってない目がこわかった。そのあとはもう、自己嫌悪の嵐。ああいえばよかったってことは後から後からでてくる。はぁ。家に帰ったら母がインフルエンザにかかって帰って来てこたつで寝ようとするから注意してたら迷惑がられるし、なんかもうさんざん。ふぅ。こんな日は「THE3名様」でも観て早めに寝ようと思う。それにしても、あー決意表明。全然表明できなかった!あーくやしい!おふろいこ。

エレからの電話

「最近(ひらめちゃんへの気持ちは)どう?」ってかかってきた。同じ境遇で船に乗ったもの同士、気にかけてくれてたんだなぁ。うれしい。でも、どう?って言われても 困る。12月27日にひらめが船に乗って再び離れ離れになってから3週間。・・3週間?まだ、3週間しか経っていないんだなぁってちょっとびっくりする。シンガポールで電話がかかってきて以来、あっちから連絡なし。私はというと、手紙も書いていない始末。船乗る前に食い違ったのと、エレとのきまずい会話を聞いてしまったのと、その後の彼の本心を聞いたからなのか、自信が、ない。相手が私を想ってくれているっていう自信、と、自分が相手を想う気持ちへの自信と、両方。エレに自信なんて持っちゃ駄目だ、大事なのは自分が相手を思う気持ち。と言われる。なんか応援してくれてるみたい。うん、ありがとう。

最近ひらめのことを考えると、ネガティブな方向へ気持ちがいってしまわれるから、考えないようにしていた。だから手紙もかけないでいる。それでも、寝る前とかお風呂に入っているときとか、寝起きとかは、ぼんやりあいたいなぁって思う。「考えても仕方がないことは考えない」っていうのが最近の信条になっている。「あいたいなぁ」って思うことは、考えても仕方がないことなんだろうか。考えていないと、だんだん忘れていく。脳は必要な記憶は残しておくけど、不必要な記憶は消去するらしい。ひらめと過ごした期間は短くて、でも濃くて、でも短いからちゃんと覚えているのかな。写真とかもらったメールとかの材料とかなくても、覚えていたい。忘れたくない。し、彼にも忘れてほしくない。

ともえんぽうよりきたる1

1月15日、あっちゃん三重襲来。家族のように4日間我が家になじんで、本日付けで帰っていった。ふぅ楽しかった。彼女はホントに恋愛体質らしくて何かにつけてTGの事をからませて話してた。会いたい会いたいってずっと言ってて、結局会えるようになったみたい。泣いたカラスがもう笑った!っていう言葉の意味が分かった気がする。恋愛を前にするとどんな人も滑稽だと思った。滑稽だけど、可愛いと思った。うらやましいと思った。


1月16日、伊賀の忍者の里?へ車で出かける。出迎えてくれた忍者が思いのほかいっぱいいて、人件費・・・と思った。どんでん返し諸々を体験した。屋敷を案内してくれたお姉さんの身のこなしの軽やかさとマジっぷりに素直に感動する。忍者って運動能力だけじゃなくて知力も要求されるみたい。もし私が忍者だったら、落ちこぼれとして育っちゃって、ミスとかして、あーすみません、とか言っても許してもらえなくて、破門とかになるんだろうなー。いやだいやだ。

帰りに焼き鳥食べながら、恋愛の話をする。ひらめが私と会ってない間に他に好きな人が出来そうになったってエレに話してるのを聞いてしまって自信がないってあっちゃんに言ったら、「出来そうになった」ってことは出来るのを阻止できたってことで、それって誠実なんじゃないのと言われた。あと、あっちゃんがたくじのことを愛しいって言ってて、愛しいっていい言葉だなぁとホントに思った。恋が盲目な快楽で、愛が広い視野の元に得られるやすらぎだとするなら、私は恋はビールの泡くらいでいい。金色をした飲む部分は全部愛がいい。って言ったら、あっちゃんが納得してた。


嫌な思いをすると

やりかえしたくなるもの。

やさしさで帳消しにすれば

自分が一番きもちいい。

by 美輪明宏


こんな感想が書きたかった

どちらかといえばあまり知りたくない闇の世界を描いたお話ですが、この世界であやしいことはぜんぶ人間の意識が作り上げているという結果に、ホッとすると同時に、無意識の領域の深さに怖さを感じてしまいました。

見えない世界、形では表せない世界を描くことはほんとむずかしいし、誤解をうみやすい。その世界をあらわそうとした、そしてこれからも描こうとする著者の田口ランディはすごいと思う。でも過激すぎる表現たちを前に、ちょっと引き気味の私がいることも確かなのです。

like a neet

ニートみたいな生活をしてる。昼と夜が完全に逆転していてなんだろう。

「コンセント」を観た。市川実果子主演の田口ランディ原作。心理学とかやってたらもっと楽しく見れたんだろうな。なんか、感じる事はたくさんあったけれど、言葉にできない。市川実果子の裸が綺麗だったとか、ホラーみたいでちょっと怖かったとか、中学生レベルの感想しか表せない自分に腹が立つ。言葉にならなかったら、それは意味のないことなんじゃないかって思うのに。ある有名人が、人生は言葉で出来ているって、いったっていうのを聞いた。何だろう、この何にも前に進んでいかないかんじ。何もしてないからなんだけど。当然なんだけど。つまらない。つまらないなぁ。

ぬーん

たけちんが家に遊びに来た。手土産に手作りのケーキを持って、っていう気遣いが出来るような子にあたしもなろうと思う。でもだってうちの台所は日が当たらないから昼間でも暗くて寒くていやなんだ、っていうのはとってもいいわけなんだけど。


今日「SAW」を観た。今までサイコホラーの中でダントツで面白かった!!最初から最後まで伏線だらけ。次々起こるゲーム殺人。勝ったら「生きてる価値を見出す」ことができる。負ければ死。暗闇で始まって、暗闇で終わる。脚本にと主演のうちのひとりが同じ人で、驚いた。監督も今回のが初撮りらしく、予算も全然少ないのにあの完成度。すんげ。色んな人が犯人に見えたんだけど、結局最初から最後まで映ってた死体がすべての発端だったとは。びびったー。楽しかったー。映像もかっこよかった。


30日からフランスへ行く事になった。

チョコレート

(大切にされたいの。/ハル・ベリー)


死刑囚の夫の刑が執行されて、ただひとりの息子を交通事故でなくした女が、

別れた妻似の息子を愛せずがゆえに息子を死なせてしまった死刑看守の男と出会って、

惹かれあって、というよりは求め合って、少しだけ前向きになるっていう映画。


ずっと前大学で由美子がこの映画観た感想を「ポルノ映画みたいだった」と言ってたけど、全然まっとうな映画だと思った。ポルノが良いか悪いかは別として。


人の傷を癒すのって、人でしかないのかもしれないなぁ、と思う。

私も誰かから、大切にされたい。愛しいよってずっと思っててもらいたい。優しい人のぬくもりを感じたくなった。

あー会いたいな。

珈琲時光

みた。

ひととよう演じる、東京に一人暮らししているライターの女性の淡々とした日常を切り取った映画。

ワンカットが長くて、台詞も少なくて観る人を選んでしまう映画なのかもなぁ、と思った。

ひととようの放つちょっと影のある女らしい雰囲気が好きだと思った。横顔綺麗。

電車のガタンゴトンっていう音、心地よいなぁ。