市川の自宅から10分のところにある、素敵な畳店さん
今日は、とっても嬉しい出会いがありました。
以前から車でそばを通るたびに、素敵な看板がとっても気になっていた
松戸の、ある畳屋さんとお話させて頂きました。
わくわく、どきどきしながら、ずっと気になっていた
工房にお邪魔すると、井草の心地よい薫り。
はじめてお邪魔させて頂いたにも関わらず、
畳についてのいろいろなことをお話して下さいました。
お話を聞いているうちに、その方のとても熱いものを感じて、ぼくも熱くなって、たくさん質問してしまいました。(貴重な午前中の時間を割いて下さり、本当にありがとうございました。)
容易な言葉かもしれませんが、
『畳って、面白い。』
と、率直に思いました。
畳のこと、もっともっと知りたいです。
そう直感的に今日思えたのは、
生まれた時から当たり前にあった畳という建材に、長い長い時間の蓄積を感じたからだと思います。
1000年以上の時の中で、常に人の暮らしの寄り添いながら、洗練され、淘汰され、少しずつ変化しながら、現在も形となって、わたしたちの暮らしの中にあるものだと、今日お会いすることができた職人さんとお話しながら、想像を巡らせていたのだと思います。
当たり前にあるもの、だからこそ奥深い。
建築って、ひとりでできないから面白い、と思います。
今日の出会いに、感謝します。
河野直
以前から車でそばを通るたびに、素敵な看板がとっても気になっていた
松戸の、ある畳屋さんとお話させて頂きました。
わくわく、どきどきしながら、ずっと気になっていた
工房にお邪魔すると、井草の心地よい薫り。
はじめてお邪魔させて頂いたにも関わらず、
畳についてのいろいろなことをお話して下さいました。
お話を聞いているうちに、その方のとても熱いものを感じて、ぼくも熱くなって、たくさん質問してしまいました。(貴重な午前中の時間を割いて下さり、本当にありがとうございました。)
容易な言葉かもしれませんが、
『畳って、面白い。』
と、率直に思いました。
畳のこと、もっともっと知りたいです。
そう直感的に今日思えたのは、
生まれた時から当たり前にあった畳という建材に、長い長い時間の蓄積を感じたからだと思います。
1000年以上の時の中で、常に人の暮らしの寄り添いながら、洗練され、淘汰され、少しずつ変化しながら、現在も形となって、わたしたちの暮らしの中にあるものだと、今日お会いすることができた職人さんとお話しながら、想像を巡らせていたのだと思います。
当たり前にあるもの、だからこそ奥深い。
建築って、ひとりでできないから面白い、と思います。
今日の出会いに、感謝します。
河野直