今朝の日経ビジネスオンライン記事

◆大竹剛のロンドン万華鏡
 『今のチェルノブイリを歩いてみた』

http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20110413/219429/


を読んだ。

<原発施設内の食堂で食べるランチ込みで150~160ドルという手軽さ>

<放射能から生徒を守るために持ち込まれたものであろう、教室の片隅に散乱している大量の子供用ガスマスク>

<「赤い森(レッドフォレスト)」で、ここでは毎時15.5マイクロシーベルト(車内)を記録した。赤い森をバスで通過した時、車内にガイガーカウンターの警報音が鳴り響いた。さすがにこの時ばかりは、多くの観光客の表情に緊張が走った。>

そんな事実に 現在進行の過去と、さまざまな矛盾を見る。

25年後の福島が観光地となるか否かは25年後が判断することであろう。
地震、津波というエネルギーと核というエネルギーのせめぎあった現場として
もしその時生きていれば、あの場所をこの目で見たいと私は訪れるかもしれない。

しかしそれを語る前に少なくともまだ、
日本は過去ではなくいまだ 「 渦中 」 なのである。

と改めて感じる記事であった。