「お嬢様、これから私が話す事を冷静に聞いて下さいね」
終始穏やかに話しを進めるリンさんの口調が変わった。
「いいですか?」
念を押された。
「は…はい」
リンさんは再びゆっくり話し出した。
「火事の事…警察が調べてくれないのなら自分で調べようって思ったの」
「リンさんが?」
「したくない事も沢山したわ…私はもう、天国でもあなたのお父さんに愛される資格がなくなってしまった」
そう言ってリンさんが両手で胸元の開いたシャツをシッカリと抑え悲しい顔をした。
この言葉で、リンさんが自分の体を使って情報を集めたのを知る。
「後悔はしてないわ!ただ…ここに来るまで、いくつもの憶測を消して行かなければならなかった…そして、最後に残った憶測が…事実だと分かったの」
「どっ…どう言う事ですか?」
気持ちを抑えられず聞いた。
「あの火事は、放火よ…犯人も分かってる」
目の前が真っ白になった…頭の中で「放火」の文字がこだまする。
「放火って…犯人は?」
「警察が一度決めた事を覆すのには、新しい証拠が必要だった」
そう言ってリンさんはテーブルの上にICレコーダーを置いた。
ボタンを押す。
なまめかしい男女の会話…声で女性がリンさん、男性が…トン社長だと分かった。
自分の心臓の鼓動の音で、声が良く聞こえない。
『ふふふw悪い人w世の中の人間はあなたがそんな事をしてたなんて考えもつかないでしょうねw」
『こうでもしなきゃ、俺はいつまでたっても2番だからなっ』
『でも…誰のアイデアだったの』
『火を付ける事か?…俺一人で考えたよ。まさかあの日、娘がいなかったとは…誤算だったけど、でも、おかげで今は堂々と社長の椅子に座れてるよっwww.はっはっはっーーーーw』
『もぉ~無茶するのね~wでも、どーしたの?2人が火事に気付いて起きちゃうかもしれなかったじゃない』
『そこだよ!起きて消されたら失敗だ…かと言ってアルコールや睡眠薬も足がつきやすい…ふふふwどーしたと思う?』
『さぁ~?』
『仕事だよ!何日も2人徹夜続きになるような仕事を振ったんだw案の定、真面目な2人は一生懸命やったよw本当はどこにも存在しない仕事をねっ』
『じゃ~2人は深い眠りから、一生の眠りになったって事ね?』
『ひゃっひゃっ上手いな~リンw』
『でも、トン社長?台所に火を付けるなんて難しかったでしょう?社長、台所とは縁遠そうw』
『そっか?あの家には何度も行ってるから合鍵を作るチャンスはいくらでもあったからな~w』
『ヤダ~w合鍵で入って火をつけたの~?』
『2人とも爆睡してるから簡単だったよw』
『自分だけ、スタコラサッサと逃げて来たってワケねw…悪い人w』
ここでレコーダーが切れた。
心臓が痛いくらいに胸を打ち付けてる…鼓動の音は早く強く耳の奥で鳴り響いてる…。
「………。」
「驚くわよね…大丈夫?」
言葉も出ず、ただ一点を見つめるだけの私の肩にそっとリンさんの手が乗った。
「これを持って警察に行くわ…行ったら、多分、私も色々調べられると思う…すぐには解放されないわ…そこで、確認しておきたいの!」
朦朧としてる視線のピントを、ゆっくりリンさんに合わせた。
「会長と…azulをやっていって頂けないかしら?」
「…azulを?」
「あの店は、あなたのお父さんとお母さんが大事に守ってきた店よ!…守りたいのよ…」
「…お祖母様と?」
「いくつかの憶測を会長に話す中で、会長は自身で何度も警察に足を運び再捜査をお願いしてたの…なかなか動こうとしない警察に、会長は痺れを切らして、横領疑いがあるって内部告発をして別件逮捕から調べてもらおうと…」
お祖母様が…。
「警察は横領事件として動き始めてます。トン社長はあらゆる手段を使って握り潰そうとするでしょう…保身のため警戒を強めるはず。私は店を辞め、あの人と距離を置く事にしました…もう欲しい情報は手に入れたし、これ以上関わる必要がなかった…それに何より、警戒を強めてるあの人に、私と会長の計画を知られるワケには行かなかった」
まるで、映画の中の話しのようだった…自分の周りでそんな事が起きていたなんて…考えても見なかった。
「会長との連絡もたち、私は身を隠しました。始めは転々としてたけど、以外にもココが目につかない事を知ったわっ…灯台元暗し。会長には、あなたの意志を確認してから連絡するつもりだった」
「……azul」
「会長に、まだこの事は話していません」
そう言って大事そうにICレコーダーをバックに入れる。
「多分、会長はご自分が内部告発した横領の件で私が身を隠してるとお思いになってるでしょう…もしくは、あの人から何かされてたんじゃないかって心配されてる…」
あの時…リンさんがいなくなった事を話すお祖母様の顔…後者だった。
「私が警察で取り調べを受けてる長い間、会長は一人になってしまわれます」
「…だって…叔父様が…」
「お嬢様…本当に何もご存知ないんですね…」
哀れむようにリンさんが私を見る。
「どういう事ですか?」
「亡くなられたんですよ」
「え!!!!…何で!」
「自殺よ…日本支社の経営が上手くいっていなかった事は知ってる?」
黙って頷いた。
「まぁ…彼の力量がなかったって言ってしまえばそれまでだけど、会長の一言で日本支社長をやる事になって…荷が重かったのね…会長…あの時は随分落ち込まれていました…もう5ヶ月になるかしら?…自分が力もない息子に畑違いの事をさせてしまっていたって…元々はエンジニアだったものね」
私が家を飛び出して、まもなくだ…。
叔父様がエンジニアだった…そんな事すら知らなかった…私…拒否するばかりでお祖母様の事、何も見てこようとしてこなかった…。
「じゃ~お祖母様は…」
「お一人になられてしまったわ…」
あの広いお屋敷に一人…。
モウ…ダレモ ウシナイタクナイノヨ
お祖母様の声を思い出す。
懇願に似た、どこか寂しげな声…。
「お嬢様がazulをやってくれるって言うなら、私は今すぐにでもコレを持って警察に行くわ…警察の捜査なんて待ってられないもの」
そう言って大事そうにしまったICレコーダーの入ってるバックを抱えた。
「もし…ノーなら?」
恐る恐る聞いてみた。
「警察の捜査の成り行きを待つわ。会長を一人には出来ない!…したくないの…」
「……どうして?…どうして、そこまで?」
どうしてリンさんが、お祖母様にそこまでするのか…分からなかった。
「私ね?お嬢様がおっしゃったように、会長もトン社長の事もスパイのように探ったわ。会長の事も始めは疑ってた…だって、あなたのご両親の結婚をあれだけ反対して…しかも、社長の遺体だけを日本に連れて帰ってしまう人だもの…ごめんなさいね…あなたのお祖母様なのに…」
「あ…いえ」
「だけどね?…会長の事を知れば知るほど好きになった。凄く正直でストレートで…人からは、ワガママや横暴って言われるかもしれないけど、それは愛情の裏返しだったり…。時々、愛情表現を間違ってしまわれるけど、心の中じゃ~想いが沢山詰まってる…可愛いステキな人よ」
「よく…ご存知なんですね」
「許せない?…話しだけでも聞いてあげれない?」
「……。」
「会長…いつも凛としてらっしゃって、大丈夫っておっしゃるけど…本当は大丈夫なんかじゃないと思うの…人への愛情が深い分、とても寂しがり屋だもの…そんな会長を一人には出来ない…」
頭の中が混乱していた。
知らなかった事が多すぎて…父さんと母さんの事を考えると冷静じゃいられなかった。今すぐにでもトン社長を捕まえて欲しいっとも…でも…それには、私がお祖母様とazulをやるっと言う…条件が付いている…。
「今すぐお返事しなきゃダメですか?」
「……いいえ、今じゃなくていいわ…でも、なるべく早くに返事が欲しい」
大事そうにバックを抱えるリンさんを、軽い眩暈を覚えながら見た。
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