雪仏の水遊び
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親心をも無駄にする

雪仏の水遊び

せめてこれでも毎日飲みなさいね。

そう言って渡されたビタミン剤。
クラシカルなパッケージにロゴ、ツルンとした真っ白の糖衣錠。
デザイン性はかなり素敵なんですけれども、許せない糖衣。

結局、糖衣が怖くて飲めないままでいる。
分かってるよ、この思考が異常な位気持ち悪いのは。
かと言って、これがネイチャーメイド等の非糖衣だったら飲めるか?と問われると…。
やっぱり悩むだろうなあ。
何せ、貰った後で最初にした事は飲む為の水を用意する事ではなく、 飲むか否かを判断する為にkcalを調べる事だったからね…。

これを渡してくれた時のかーちゃんの心を推し量ると、
そんな恐怖を抱くこと自体が親不孝ってもんなのになあ…。
飲めないまま、期限は3年前に切れてしまっている。

でも捨てられない。

のびーーーる

雪仏の水遊び-kawa

モチモチ、伸びーる。正に日本人好みな感触。
これで千切れたら、小学校時代にハマってた練り消しだ。
小学校のすぐ近くにある小さな文房具屋でロウソク位の太さ&長さで4色セットで販売されててね。
朝、切れたノートを買うついでに一緒に買っては、休み時間だけでは飽き足らず授業中までも、伸ばしては丸めて。遊んでたなあ…。
小学校の頃から友達が作れなかったから、練り消しやら粘土、ボンドが友達。
ボンドは缶の蓋や下敷きに水性ペンで文字やイラストを描いて、上からボンドを被せるのです。そのまま乾燥するまで待てば、透明になったボンドに、描いた物が付着。
お手軽ビニールシールが出来るという、それだけの遊び。
プラ板焼遊びに相当ハマってたんで、簡易でも出来るちょっとした工作遊びが休み時間の友達でした。

ちなみにね。
この伸びてるブツは…そう!その通り!
お察しの通り、腹の皮でありんす。
これのせいで、どれだけ痩せても二段腹。
走れども走れども、漣打つ腹。
いくら腹筋しても体重を落としても消えない腹の弛みに、まだ自分はデブなんだ!と完全にトチ狂って更に過酷なダイエットと摂食障害へと突き進んだ要因のひとつな、諸悪の根源…いや、こんなに皮が弛むまで太ってたって時点で、大問題だけどねえ。
とにかく、度を越えた肥満と激痩せの果てに生まれたモチモチ腹なのでした。

こりゃヤバいな…てな感じにて、ダイエット中の方の戒め画像にでもして下さいませ。

食後の腹




当然っちゃあ当然。こんな感じ。
電車にでも乗れば、心優しい方々から優先座席を薦められつつ「そろそろ予定日ですか?」なんて笑顔で語りかけられそうな妊婦腹。
10kgの食糧を詰め込んでも、自分で満腹なのかどうなのかが全く分からない典型的な過食症状罹患中なので、食べる手が止まるのは胃の容量を満たしきった時。
で、一気に排出。

なんだろうなあ…こんな生活続けて現時点で5年程なんですけどね。
食べる事=出す事
この図式が徹底していて、破壊する事が怖い。
一気に雪崩る様に、過去の巨体の自分に戻りそうで吐き出す前提以外には「食事」の選択肢が今の自分に無いんだなあ…。
この辺りの心理については追々記していきたいとは思ってるんですけどね。

今は異常な手段で手に入れた数字を手放したくない。
それが正直な心で御座います。

焼鯖でも豆腐でも堆肥でも

何でも良かったんですけどね。
丁度TV で、粋な姿の料理人が鯖の味噌煮を作ってたんで、何となくこういう名前になりました。
これがゴチバトルだったりするとアグー豚のグリエ、略してアグ豚とか、そんな名前になる所だったのでシンプルな日本の家庭料理と粋な職人に感謝です。
とか言いつつも、「豚」の方が呼ばれ馴れ過ぎてある意味自分の別名の様な親近感とシックリ感満載ですが。

て事で。
豚でした。
過去形なのは、現在進行形で思い切り摂食障害の一番深い所に全身浸りきってるので。
朝、目覚めて最初にする事は喉が渇いてようが寒かろうが脱衣→体重測定。
勿論、トイレに行ってから。徹底してまして、ここで見せ付けられる数字によって、1日の気分がほぼ9割決定されます。減ってりゃハイテンション、増えてりゃどん底。
次にやるのがメジャー測定。
腹と太股のサイズチェック。二の腕もやりたい所なんですけど、不器用なもんで片手で計測出来ない為にそこは断念。自分でも「気持ち悪い事やってんなあ…」とは思いますが。やらないと、不安で不安で仕方ないんで半ば義務的に、むしろ儀式的にやってます。
これが済んで、やっと水の一滴でも飲めるってなもんです。

拒食→過食嘔吐。
一直線に転がりました。
かと言って、見た目に骸骨体かと言うと多分服着てりゃそうでも無く。
ほら、過食嘔吐だからね。
典型的な膨れ顔だからさ。
BMIが幾ら低かろうが、全裸で生活はさすがに頭狂ってるとは言え勘弁なんで、結局服から出てる部分が膨れてりゃ細い人には見えないワケなんですけどね。

数字なんかより見た目でしょ。

んな事分かってます。分かってるのに、数字にしがみ付いて体力削ってまでより低い数字に固執して人生を無駄にして、きっと何年後かには後悔してる自分の姿が想像出来るのに、やっぱり数字が拠所。

そんな人が書いてるブログです。