ペットの猫さんが亡くなってしばらく経った。
癌を患い、半年間の緩和ケアを経て20歳で。
猫さんは毎日、私のそばに来て眠った。
春は足の間。夏はちょっと離れて。冬は腕枕で朝まで。
小さいくせに、全体重を頭にかけているかのようにやけに重く、腕はしびれたが、うれしくて寝返りもうたずに夢みたいな幸せをかみしめたものだ。
癌で息も絶え絶えになっても、夜は必ず一度は私のそばにやって来た。習慣になっていたのだろう。
そこからよたよたと、ゆっくりと、いい場所を探して回っていた。
体を冷やしたいのか、玄関に倒れ込むように横になることが増えた。
どんなに足腰が弱っても、患部が痛み出血が止まらなくても、好きに動き回れるよう手伝った。
人間との生活によって長生きをした猫さん。
苦しむ期間もそれだけ長かった。
本当にこれでよかったのだろうかと苦しくなる。
親兄弟を亡くした野良猫で、夫が持ち帰った子ではあったが、そういう話ではないようだ。
もう猫は飼えない。
しかし、つらいだろうに、私にくっついて喉を鳴らす日もあった。
それすら徐々に弱まっていったのだが、手を添え耳を寄せ、よくよく注意してみると、かすかに喉を鳴らしているのがわかった。
ありがとう猫さん。
私は生まれてきてよかったのか分からなくなることが多い。そんな迷いを悟らせないよう、気を張って、図々しさを装って生きてきたけど、本当はその程度のものだ。
猫さんのおかげで、自分に少し優しくなれた気がする。
なにより実際、共に過ごした20年は本当にしあわせだった。
ほとんど動かなくなった体を起こし、私を舐めようとしたのは亡くなるほんの三日前だった。
とてもやさしい猫さんは、最期までやさしかった。
また痛みのない生活を送らせてあげたかった。
いつもの生活を、一日でも、一時でも、もう一度過ごさせてあげたかった。
がんばりが報われてほしかった。そんなご褒美を、あげられるものならあげたかった。けど、そんな日は来なかった。
猫さんが居なくなって本当にさみしい。
それしかない。