しばらくブログを放置しました。


そんな余裕がなかったと言うのが正直なところでです。


以前認知症の母のことを書きました。


今までのことを少し備忘録として残しておこうと思います。 








私は3人姉妹の末娘

姉たちは実家を離れ少し遠くに住んでいます。

私も実家の隣県で家庭を作り
今は娘も結婚し
息子も就職して家を出ました。


母が認知症になったのは
今思えば四年前の父の癌闘病の終焉ごろと思います。
父を自宅でほぼ一人で介護し看取ったのは母です。

私は看護師でありながらもなかなか介護休業を申し出ることができず、ギリギリまで母一人に苦労をさせてしまうことになりました。

昔から明るくて朗らかで、でも気が強くて負けん気の強い人でした。

母さんなら大丈夫


きっと娘三人はそう思って甘えていたのだろうと思います。

しかし


父の葬儀の時にはいつもの母ではないと

遅まきながら気づいたのです。
    






あれから4年経ちました。



年々別人になりつつある母と

自分はどう向き合っていけばいいのか
悩みました。



離れて住む姉たちにも
腹が立ちました。


連休のたびに隣県の母の元に通い
家の中の掃除や
受診
食料の買い出し
家の修繕

やってもやっても問題は山積でした。


介護保険も使ってデイサービスやヘルパーさんの力を借りながら

ここ一年半は乗り切れたと思います。

ケアマネさんには本当に支えられました。


去年の秋頃から

症状の悪化が気になり

毎週末は帰省しました。


家の中に

汚した下着をありとあらゆるところに隠していたり

台所の床が水浸しになっていたり

生肉にお箸が添えてあったときには
もう限界だと悟りました。


二月からはショートステイを利用し

施設内のグループホーム(数ヶ月前に申し込み済み)の空きがあると連絡が来たのは一週間前のことです。




グループホームは空きが出たらすぐにお返事をしないと次に回されます。

迷わず入所をお願いしました。






安心していいはずなのに

なぜ涙が出るのでしょうか。


自分達がちゃんと見てあげられなかった贖罪の気持ちなのか


育ててもらった母を見捨てるような気持ちになるのか




親友がこう言いました。



お母さんが元気な頃だったら
あんたが苦しんでいる姿を見るのは辛いとおもうよ。


今はこの言葉にすがるしかない。




グループホーム入所に向けて

必要物品を揃えながら

来たる入所日に備えます